第205回 | 2014.09.08

米価の下落が止まらない ~今後の稲作農業のゆくえ~

先日、埼玉県の米どころのある生産者から、平成26年度米のJAの概算金が、1俵7,000円になったというショッキングな話を聞いた。概算金とは出荷時にJAから生産者へ渡される前渡金であり、JAから民間業者へ販売されたときに初めて、最終的な価格が決定することから、この価格が生産者の手取り価格という訳ではない。全農から民間卸売業者へ販売される価格を相対価格と言い、通常この価格は概算金+4,000円程度になる。しかし、ここからJAの手数料や物流費などの経費が差し引かれることから、生産者の手取りは1俵9,000円程度になる計算だ。1俵の手取りが1万円を大きく割り込むとなると、農業を継続できない生産者は急増するであろう。

一方、農林水産省が8月27日に発表した、平成26年度産の作柄・育成状況は、ほとんどの産地で「平年並み」以上になっている。西日本を中心に、8月以降の日照不足や長雨の影響が懸念されるものの、東日本の大産地は概ね良好であることから、今年も生産過剰になりそうだ。全国の米穀卸業界などは、今年、さらに米価は下落し、どこまで下がるのか先が読めないといった声があがっている。

米の価格は、その年の作柄に加え、前年度までの在庫量によって大きく変動する。平成25年度は、作柄が概ね好調であったが、消費量が減少したことで、どこの産地でも大量の在庫を抱えた。したがって、多くの産地は、平成26年度の新米が出る前に、安くてもかまわないから、前年度米の在庫を処分してしまうおうと考える。この行動が、在庫米だけでなく、新米の価格も下げてしまうことになる。米よりパンを食べる日本人が増え、人口減少が進み、米の消費量は今後も減り続けることは確実な中で、生産量・在庫量が減らない限り米価の下落は止まらないのは当たり前である。

「だから輸出戦略が重要だ」などと未だに言う方々が多い。しかし、米の輸出が大幅に拡大する可能性は、ほとんどゼロに等しい。平成25年度の米の輸出実績は約3,000トンで、日本の総生産量である約1,000万トンの0.03%に過ぎず、近年はほとんど拡大していない。1俵の市場価格が7,000円になれば、輸出量は飛躍的に拡大するなどと試算していた専門家も何人かいたが、流通実態を知らない絵空事に過ぎない。海外では、流通マージンが極めて高く、国内での小売価格の3倍以上の高価格になる。その他にも諸々の要因があり、海外マーケット拡大の可能性は極めて低い。このままだと、1俵7,000円が当たり前の時代が到来するが、その時、米の輸出など不可能なことが改めて実証されることになろう。

国内消費は減少する、輸出もあり得ないとなると、再生産可能な価格を維持するためには、生産量を需要に応じて縮小するしかない。かつては、減反政策により、国が生産量を調整してきた。長年に渡る賛否両論の激論の据え、国は政策転換を決めた。昨年から減反補助金が半減され、4年後にはゼロになる。その結果減反に協力する生産者は減り、生産量が増え、更なる生産過剰を招いている状況にある。

国は、一連の減反廃止政策により、米価は段階的に下落し、経営効率が悪い小規模生産者は農地を手放して、経営効率がよい大規模農家への農地集積が進み、構造改革につながるというシナリオを描いてきた。しかし、急速な米価下落により、規模拡大意欲が高い生産者さえもやる気を失っているのではないだろうか。どこまで米価が下落するか分からない中で、将来の経営ビジョンなど描けるはずもない。また、私たちが昨年立ちあげた(株)おだわら清流の郷のような集落営農法人や、近年増加傾向にあるJA出資型法人は、早くも事業計画を大幅にに直さなければならない。そうなると、多くの生産者が離農する一方で、農地の受け手・次世代の担い手は育たず、耕作放棄地が爆発的に拡大するという最悪のシナリオを覚悟せざるを得ない。

国は、減反廃止に併せ、飼料用米、業務・加工用米、麦・大豆などへの転作を進めてきた。転作奨励金制度は充実しているが、こうした品目に対する国内のフード・チェーンの仕組みづくりが立ち遅れていることなどが要因で、取引量は思うほど伸びず、生産者の所得向上に必ずしも結びついていない。一方、輸入ものの配合飼料の価格が高騰し、全国の畜産農家は経営難に陥っている。しかし、良質な肉をつくるためにはとうもろこしを原料としたえさが不可欠であり、現在の飼育方法では飼料用米で代替できる割合は限られている。現在は、飼料用米を奨励して、過剰米を飼料にし、米の需給を安定させることに加え、家畜のえさを安定供給させるという国が考えたシステムが、思うように機能していないのではないかと考えられる。

米価下落を食い止める短期的な対策としては、過剰になっている在庫米を飼料用米として、国が安値で大量に処理することであろう。在庫米を、主食の市場に流通させないようにすれば、米価の暴落は回避できるだろう。政府も十分準備しているであろうが、今後の在庫量と米価の推移を注視しながら、対策が効果的に実行されることに期待したい。では、中長期的にはどのような政策をとるべきであろうか。

最も有効な政策は、減反の復活であり、政府が需要に見合った生産調整を進めることであろう。生産者・産地に作る量を委ねた結果が米価の下落を招いた以上、減反廃止政策は間違いだったと認め、元に戻すということだ。減反復活に合わせて重要なことは、飼料米の流通を市場に任せるのではなく、政府の責任で計画的に流通させることであろう。加えて、飼料米を増産するための稲作農家に対する投資と、需要家である畜産農家に対する投資への強力な支援が不可欠である。しかし、長期に渡る議論を重ね、制度設計をしてきた経緯を踏まえると、減反政策実施2年目で早くも元に戻す政策をとるとは考えににくい。

経済界全体では、米価の下落を歓迎する風潮が強いのではないかと思う。また国の官僚レベルでも、「いっそ米価は落ちるところまで落ちればよい」と考えている人もいるように思う。落ちるところまで落ちることが市場原理であり、市場原理の中で戦えない生産者は離農してもらい、戦える生産者だけが残れば、真の農業構造改革が実現する。加えて、国産米の市場価格が安くなれば、輸入米との価格差が縮小し、TPPに参加しても輸入米に十分対抗できる。TPP交渉が進まない最大の理由は、米の輸入自由化だけは絶対譲れないという日本の聖域にある。米価が下落し続ければ、TPP参加に反対の農業団体なども、「もうどっちでもいい」という風潮になることも考えられる。

そうなれば、瑞穂の国は崩壊するだろう。農村部では、耕作放棄地がさらに拡大し、人口減少とあいまって、条件が不利な集落からどんどん消滅していく。米ではまったく生計が立てれないのだから、先祖伝来の土地を守るなどと言っていられない。平場においても、基盤整備ができていない農地は、ことごとく荒れ野原に変貌し、大量の虫が発生し、鳥獣の住みかとなるだろう。規模拡大が困難な都市近郊も、日本の国とは思えないような、悲惨な景観になることは言うまでもない。

今後の稲作農業のゆくえは、私も全く予想できない。少なくとも、米価の下落が止まらない以上、将来の発展的な姿は描きにくい。国の適切な施策を期待すると共に、稲作農家は、JAなどとの連携を強化しつつ、効率的な稲作経営と有利販売方策の研究を重ねていくしかないだろう。