第87回 | 2012.03.12

立ち上がれ、神奈川県の魚市場! ~連合会の研修会での講演より~

去る3月6日、神奈川県魚市場連合会の研修会において、「神奈川県における魚市場の新たな経営戦略を考える」というテーマで講演会を行った。県内の魚市場の社長を始め、県内水産界のトップの方々約60名を対象としたもので、毎年10件以上の講演会を行っている私もさすがに緊張した。小田原魚市場の米山社長からの縁で、このような光栄な機会を頂いた。ちなみに米山社長は、私の自宅のすぐそばにお住まいで、小田原市の体育振興会の会長を務める地域の名士でもあり、振興会活動などでも大変お世話になっている。

全国の魚市場の8割が漁協運営方式をとっている中にあって、魚市場のほとんどが株式会社運営であることが、神奈川県の大きな特徴と言える。また、消費地に近く大きな商圏を持っていることから、産地市場と消費地市場の機能を併せ持つ魚市場が多いことも特長と言えよう。中でも遠洋・沖合いの漁業基地としてまぐろの取扱量が多い三崎と、かまぼこ産業などを背景に強い集荷力・販売力を持つ小田原の魚市場は、全国的にも力のある魚市場として知られている。このような背景から、いずれも魚市場も柔軟で、機動力の高い取組が行われている。

魚市場が取り巻く環境は、青果市場同様大変厳しく、激動の中にある。しかし青果市場と流通構造が大きく異なることもあって、改革の道筋が見えにくい。一昔は、各漁港に漁協があって魚市場があり、漁業者と漁協と市場、並びに水産加工業者は漁村の運命共同体であった。水産物は農産物のように生産者が自由に販売することは難しいことから、組合員と漁協・市場との結びつきは、農協より今も断然強い。したがって、漁協合併はなかなか進まず、未だに全国に2,200の漁協が存在する。また、こうした構造は、流通の硬直性をもたらす傾向にある。農産物とは異なり、未だにセリが主要な価格の決定方法であり、産地市場は昔ながらの仲買人が仕切っていて、新規参入を拒んでいる。また、市場流通がほとんどで、産直・直接取引といった販売形態も非常に少ない。一方、これまで産地のパートナーだった魚屋は激減し、スーパーからの価格圧力に屈してきたと言える。

もう一つの課題は、消費者動向の変化である。日本人の魚離れと言われて久しいが、日本人一人当たりの魚介類の消費量は、10年前の3/4の年間約30kgまで減少している。特に、調理が面倒で食べにくいという理由から、近海ものであるさば、あじ、いかの消費量は大きく落ち込んでいる。一方、調理が簡単で食べやすい、さけ、まぐろ、かつおなどは消費量が増えている。主婦に好かれる料理は「刺身」で、嫌われる料理は「煮魚」だそうだ。魚が嫌いなわけではなく、まぐろの刺身のように、何も調理しないでおいしく食べられる魚は大歓迎だが、調理の手間がかかる、食べにくい魚はあまり買う気になれないという訳だ。ちなみに、近年の寿司ブームの一端もこうした消費者志向の変化にあるようだ。

全国の漁業就業者は20万人を切り(農家人口の1/10以下)、沖合い・遠洋漁業では漁獲量も減っており、まぐろを始め今後供給量が減少することが懸念される。一方沿岸漁業の漁獲量に多きな落ち込みはなく、あじやいわしは豊富に採れるものの、消費は落ち込み魚価は低迷を続けている。したがって、いかにして地場産のものを消費者に食べてもらうかが取り組み課題となろう。

講演会の後半では、全国の取組事例を踏まえ、今後の神奈川県の魚市場が目指す6つの戦略を提言した。

一つ目は、魚市場自体の交流拠点化を目指そうというものである。いずれの魚市場も、豊富な商圏人口に恵まれており、観光客の呼び込みも可能である。山口県の「萩シーマート」や、千葉県の「潮風王国」のように、魚の直売に加え、地域農産物や特産品の販売、築地のような食文化の発信基地、海洋体験や水産業の情報発信拠点を目指したい。小田原ではすでにこうした方向に進んでいるし、茅ヶ崎では市と連携した構想を進めている。今後は明確なコンセプトによる神奈川ならではの拠点づくりを期待したい。

二つ目は、地場密着型のスーパーとのパートナーシップを強化しようという提案である。先進事例では、夜明け前の一般のセリに加え、8時頃からスーパー等を対象とした朝採り地物を対象として、2回目のセリを行う事例も見られる。県内でもすでに、スーパーの店頭で直売イベントを定例開催する例も見られる。価格最優先の大手のスーパーとの提携は難しいが、地場密着型のスーパーは地域と共に歩み発展しようという意向を持っている。そこで、地場密着型のスーパーとの連携を強化し、魚食普及の側面も踏まえた展開を目指したい。なお、この際には、魚市場が仲卸と共同で臨み、仲卸が持つ機動性や物流機能を最大限活かしていくことがポイントとなろう。

三つ目は、地域の魚屋の育成である。魚屋は、水産物の価値を消費者に伝え、豊かな食卓をつくる役割を担ってきた。その存在自体が、魚マイスターと言えよう。今後も経済環境は厳しいと思うが、消費者の魚屋に対する潜在的な期待は高く、経営内容次第では生き残ることは十分可能だと思う。これまでも魚屋は魚市場にとって良きパートナーであったが、今後は販売促進支援、経営支援などを通し、魚市場が力強く育成すべき小売業態である。

四つ目は商店街との連携である。商店街の中にある魚屋はもとより、飲食店などとも提携し、地場の新鮮でおいしい水産物を提供できる商店街を育成したい。また、商店街におけるイベントへの参加や、定例の夕市の開催など、効果的な共同事業にも取り組んで行く必要があろう。

五つ目は、農業との連携である。これまで農業と水産業は、地域の中でほとんど接点がなかったと言っても過言ではない。千葉県の道の駅・富楽里は、地域の漁協、農産組合、商工組合は一つ屋根の下で同居するかたちで運営されている。消費者にとっては、農産物も水産物も同じ地域の産品であり、3者が連携して運営することで相乗効果を発揮してきた。小田原のJAの直売所「朝ドレファーミ」では既に、地元の水産業者がイベントや品揃えに参加しているが、今後はテナント出店など更なる連携強化を目指したい。

六つ目は、観光業との連携である。前回の二の釼では、箱根のホテル・レストラン18施設が、地場の食材を使って地産メニューを提供する、箱根の地産カフェプロジェクトの取組を紹介した。観光地も地産地消を進めたいのであって、地域の新鮮な食材を求めている。受発注や配達、既存の仲卸との調整など課題は多いが、魚市場が音頭をとって観光事業へ積極的な企画提案をして欲しい。

先進的な取組が多い神奈川県の魚市場であるが、まだまだやれることはたくさんある。その基本的なテーマはやはり「連携」であろう。魚市場は、総じて閉鎖的な体質を持つ面が多いと言われている。今後は、地域に開かれ、自ら地域のパートナーに手を差し出し、かたく握手するような取組を今後も期待したい。