第127回 | 2013.01.15

神奈川県農業の現状・課題を考える ~神奈川型アグリビジネスの成立要件~

神奈川県は、900万人の人口を持ち、人口密度も高く、商圏から見ると非常に恵まれた農業環境にあると言える。県内農産物に対する引き合いは非常に強く、昨年神奈川県が実施したマッチング商談会においても、百貨店・スーパー・ホテル・飲食店・卸売業者など、多くの実需者の方々に商談へ参加して頂いた。しかし、その後の成約率は極めて低く、いくつかの課題を浮き彫りにした。ニーズは無限大であるにも関わらず、農業経営の発展につながるようなビジネスモデルがなかなかできない。私はこれが、神奈川県農業の重点課題であると考えている。

まずは、神奈川県の農業の現状・課題をもう少し丁寧にひも解いて見たい。

他県においてはJAが主体になって、産地化・ブランド化を進めることが農業振興の基本となっている。しかし神奈川県においては、三浦だいこん、柑橘、足柄茶、やまゆりポークなど、JAが主体的に取り組む品目はいくつか存在するが、JAの生産部会は数えるほどしかなく、販売面でJAが主導するケースは少ない。これは、まとまった農地が少なくロットで勝負できる環境が整っていないこと、消費地が近く生産者がJA・市場に頼らなくても販売ができること、などの理由による。

その一方で、各JAともに直売事業には積極的だ。「じばさんず」、「わいわい市」、「セレサモス」、「朝ドレファ~ミ」、「夢見市」など、JA開設型の大型直売所が数多く存在し、いずれも高い集客効果を発揮しており、全国的な先進事例となっている。豊富な商圏人口を背景に、1店舗あたりの売上が10億円を超える直売所も見られる。県内のJAは、農産物の販売事業=直売事業と捉えており、後発組のJAも、今後直売所を開設して行こうとする動きが見られる。

しかし課題も多く、中でも定年帰農組の出荷については今後の重点課題として浮上しつつある。直売所という身近で手軽な販路が存在することもあり、県内の定年帰農者は増加傾向にあるが、生産技術が低いことから出荷品の品質は総じて低く、これを補うために低価格販売に走る傾向が見られる。そのため、売場全体がアウトレット化してしまい、品質・価格を重視している専業農家などは、低品質・低価格の売場にうんざりして商品を出し控えるといった現象が発生している。また、低価格路線を走るスーパーとの競合も激しくなっており、直売所の低価格化をさらに進める原因となっている。直売所は、中核的な担い手にとっても有力な販路であることは間違いないが、現在黄色信号が点滅しつつある。

では、卸売市場はどうだろうか。県内の卸売市場は健在であるが、県内農産物の集荷率は落ちている。個々の農家がそれぞれ持ち込むことから、品質が安定せず、ロットはまとまらず、市場流通で安定価格を確保することは困難である。その結果、生産者の市場離れがさらに進んでいることに加え、売れ残りのC級品しか集まらないと言った状況にある。卸売市場も、大商圏を背景に、業務用を含めた新たな販路開拓に取り組んだり、生産者の庭先集荷にチャレンジしたりしているが、生産者に納得してもらえるような価格は付けられないようだ。

こうした状況の中、県内の専業農家は、スーパーへの直販事業に積極的に取り組んでいる。生産者にとっては自分の販路を持て、自分の名前をつけて販売できることから、優れた販路と位置づけられる。いずれのスーパーも、地産地消を標榜した売場づくりに力を入れ、生産者の囲い込みを進めており、生産者の取り合いが始まっている。他県の生産者は驚くだろうが、こうした状況から、県内の専業農家の多くは、「売り先はいくらでもある」という状況にあると言える。

特に若手農家にとっては、こだわりの農産物をつくり、様々な販路に販売できることから、面白い農業経営が可能な県であろう。こうした背景から、後継者は比較的多いし、新規就農者も増加する傾向が見られる。

では、神奈川の専業農家は儲かっているのか、余裕の経営ができているのか、答えはNOである。いずれの農家も所得は頭打ちで、どれだけ頑張っても豊かになれないと言うのが実状である。「売り先はいくらでもある」にも関わらず、なぜ経営改善が進まないのだろうか。その理由は、販売業務に時間がかかり過ぎて、生産に力を入れている余裕がないことにある。もう一つの理由は、より多様なニーズに対応しようとして、過度な多品種少量生産になり、生産効率の悪い経営を余儀なくされている点も指摘されよう。

典型的な県内専業農家の朝は、スーパーへの配達から始まる。4~5店舗のスーパーを回り、商品を陳列し、各店舗の担当者から、もっと沢山の品種を年間通して出荷してくれないかなどと要望を聞いて、自宅に帰るのは10時を回る。ひと休みして農場に出るのは11時。昼食もそこそこに日が暮れるまで農作業に汗を流し、要望があった新たな品種の種まきをし、夜は翌日配達分の選別や袋詰めの作業に追われる。夜の作業が終わって風呂に入った後は、インターネットで新品種の種探しだ。加えて、行政機関の研修会や組合の会合、地域の寄り合いにも参加しなければならない。当然土日祭日はなく、ひと息つけるのは雨の日のみだ。

こんなに忙しいのに、生産にかける時間が限定されるため、生産規模は拡大しない。また、ニーズに応えようと多品種少量生産に取り組む結果、スケールメリットが発生せず、品目別の収支を分析すると、全く利益が出ない品目も多く見られる。

若いうちはよいが、歳をとってくると、体がきつくなって、こんな生活は続かなくなる。また、両親が元気なうちは、家族内の分業でやっていけるが、そのうち全てを一人で賄わなければならない時期が来る。40歳を超え、生産技術も販売ノウハウも高まったころに、大切なパートナーだった両親がリタイヤの局面を迎える。そうなると、スーパーの多様なニーズに応え、生産から販売・物流まで全てをカバーするビジネスモデルを維持することはできない。

「本当は、販売や配達作業など辞めて、生産に集中したい。」と言う声を、県内の多くの専業農家から聞く。しかし、自ら販売しなければ、価格はつかない。このジレンマを克服するためには、生販の分離、技術的に有利性を持つ品目への絞り込み、効率的な物流システムの構築、それを実現するための分業・協業体制の確立が必要であろう。産地特性は全くことなるが、トップリバーや野菜くらぶ、和郷園などに、その答えを見ることができる。神奈川の専業農家は今後、①家族経営+αの経営体、②販売でまとまる協業組合、③それを発展させた農業生産法人のいずれかを検討するべきだと考えている。

そして、そうした取組を支援し、自ら実践するのがKABS(かながわアグリビジネスステーション)の使命である。理屈は分かっていても、仕組みをつくるのは容易なことではない。時間はかかると思うが、県内の生産者と共に、悩み、議論を重ね、一つでも目指す仕組みをかたちにして行きたい。