第102回 | 2012.07.02

研究成果を実践へ  ~日本フードシステム学会大会より~

去る6月16日・17日の2日間にかけて、2012年日本フードシステム学会の大会が、日本大学生物資源科学部本館で開催された。誠に僭越ながら、学会長である斎藤修先生の紹介で、私も当学会の会員になっている。フードシステム学会とは、多様な研究を行う学識経験者達が、農林水産物の生産‐加工‐流通‐消費の構造変化を踏まえ、新たなシステムの構築等を目的とした組織である。この2日間、神奈川県の藤沢市に、農業経済分野についての日本中の頭脳が集まり、シンポジウムや報告会などを開催した。

1日目は、「フードシステム研究のニューウェーブ」をテーマに、ビッグネームの先生方からの報告形式でのシンポジウムが開催された。筑波大学の茂野隆一先生からは「消費者行動とフードシステムの新展開」、東京大学の中嶋康博先生からは「食の安全・信頼の構築と経済システム」、日本大学の下渡敏治先生からは「食品企業のグローバル化と国際分業の新展開」、そして千葉大学の斎藤修先生からは「6次産業・農商工連携とフードチェーン」と題した報告会があり、各テーマごとに、それぞれ2名の共同討論者から、より掘り下げた報告があった。広い講堂に席がなくなるくらいの多くの方々が参加しており、熱気に溢れたシンポジウムだった。

2日目の午前中は、「シニアマーケット開発とフードシステム」というテーマで、女子栄養大学の高城孝助先生が基調講演を行った後、3名の先生方が同テーマに関する報告を行った。今後高齢化が急速に進む中にあって、シニア向けの商品・サービス開発が求められているが、そのポイントは、身体の衰えへの配慮、上質感・美味しさの訴求、体系的・具体的・定量的な情報把握、顧客接点での商品力の訴求などであるとされていた。シニアマーケットは今後拡大することは間違いない。これまでのロット・低価格を基本とした、現在の流通システムでは対応できない市場が生まれようとしている。

2日目の午後は、5つの会場に別れ、総勢51名の若き研究者達が、それぞれの研究成果を発表した。その中で、我が流通研究所にアシスタントとして勤務している、千葉大学大学院の田谷健太郎君も、「紀州南高梅産地における流通システムの変化と生産及び加工への影響」と言うタイトルで報告を行った。スーパー向けの南高梅の、青梅・梅干の取引価格などを、経年的に比較分析することで、大幅に価格帯が低下していること、PB商品が拡大しNB商品が淘汰されていること、スーパーのマージンが拡大しメーカー・生産者の所得が減少していることなどを明らかにした内容であった。綿密な調査に裏づけられた報告であり、プレゼンも堂々としておりなかなかのものであった。

2日間の報告内容は全て、冊子としてまとめられている。いずれも多大な手間と時間を要して研究した立派な内容であるが、その中で、特に私が興味を持った報告内容を紹介してみたい。それは、東北文化学園大学の伊藤雅之氏による「主婦のメニュー作り意識の特徴と変化」という個別報告である。WEBアンケート調査により、主婦のメニュー作りの意識の変化を、5年前と比較分析することで、今後求められる農林水産物や提供方法などに示唆を与えている。

この報告によれば、主婦は料理をする上で、「野菜・根菜類を使う」、「栄養バランスに配慮する」、「旬の食材を利用する」、「ビタミンを摂取する」の順に、「心がけている」という結果が出ている一方で、「ダイエット・美容」には「あまり心がけていない」ことが判明した。また、5年前は、料理をする上で、バランス重視、ミネラル等摂取、ダイエット、天然素材利用等のキーワードが浮かび上がっていたが、この度の調査では、これらのキーワードが、「野菜中心のバラエティ食卓」というキーワードに1本化されつつあると結論付けている。もう一つのキーワードとして「塩分控えめ」があるが、これは5年前も今も変化は見られない重要なキーワードになっているという。メニューづくりの意識は、5年前より単純化している。つまり、細かいことは気にせず、「とにかく野菜を中心にメニューを作ればよい、でも塩分の取り過ぎには気をつけよう」という意識に変化していると言えよう。

また伊藤氏は、野菜を中心に栄養バランスにも配慮したメニューづくりに熱心な主婦と、そうでない主婦とに二極分化していることも指摘している。その上で、前者の主婦層に対しては、複数の栄養素をバランスよく含む野菜メニューを開発し、栄養バランスと塩分が少ないことを強調することが効果的である。また、後者の主婦には、過剰摂取しがちな油脂類などの摂取状況の情報を提供する仕組みが有効であると述べている。前回のコラムでも述べたが、日本人の野菜の摂取量は減っていない(低価格化により支出金額は減っているが)。こうした消費者志向を、生産・販売現場に生かして行けないものかと考えた。

日本フードシステム学会には、全国の第一線の研究者が集まっており、潤沢な研究成果が集積されている。しかし、あえて苦言を呈したいこともある。1つ目は、多くの報告が、過去・現在に起こっている事象の研究に留まっており、研究成果を踏まえ、当事者である産地や流通業、行政機関が、何をすべきかと言う具体的な提案が希薄なことである。2つ目は、これらの成果が、必ずしも、効果的な情報として当事者に伝わっていないことである。研究者同士の研究であっては意味がなく、研究者の自己満足に終わっていては学会の発展は望めない。この2つの課題を克服するためには、現場の要望を吸い上げて学会が研究する、あるいは学会の研究を現場に伝えるなど、何のために研究するのかという原点に立ち返り、産学の連携を強化する仕組みが必要であろう。