第228回 | 2015.03.09

直売所における食育活動の意義と手法~フードチェーン食育活動推進事業報告会より~

このコラムでも何度か報告してきたが、流通研究所は本年度、農林水産省の平成26年度フードチェーン食育活動推進事業の採択を受け、これまで食育バスツアー、食育講習会、料理コンテストなど、様々な実証活動を行ってきた。これらの結果を踏まえ、3月3日・4日・5日の3日間、東京、名古屋、大阪の3会場において、直売所関係者や食育活動に携わる方々を対象に、セミナー方式の報告会を開催した。
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第1部では、流通研究所の今年度の活動報告を行い、第2部では、この事業の検討委員と各地域における直売所の第一人者をパネラーに招き、パネルディスカッションを行った。ちなみに東京会場では、JAかながわ西湘営農部の鈴木次長、名古屋会場はあぐりタウンげんきの郷の高木氏、大阪会場はJA紀の里生活部の下田和部長という、そうそうたるメンバーをお招きした。実は、各エリアで、直売所において食育活動を行われている方を随分探したが、結果としていずれもJAの方に絞り込まれた経緯がある。JAは早くから「食農教育」という呼称で食育活動に取り組んできた経緯があるが、第3セクターや民間企業が運営主体となっている直売所では、まだまだ食育の取組は立ち遅れていることが分かった。

本年度の事業は、私自身がかなり熱を上げ、食育ツアーで「農家の食卓」を提供したり、餅をついたり、あるいは食育講習会ではマイクパフォーマンスを行ったりと、様々な実践活動に携わってきた。私はかねてから、食育とは日本の農業の浮沈さえ担う非常に重要な活動であると考えてきた。食生活が乱れ、内食化率は大幅に低下し、コンビニ弁当やファーストフード中心の食事をとる国民が増える中で、このままでは、米はもとより野菜の消費量も大幅に落ち込み、農業自体が崩壊するのではないかという懸念がある。

流通研究所は、神奈川県内の若手生産者約30名と共に、「KABS」という直売の自主事業を行っている。単なるもの売り事業ではなく、生産者が情熱を込めて生産した農産物の価値を、消費者に伝えていきたいという思いから始めた事業である。消費者に価値を伝える仕組みとして考えたのが、野菜ソムリエさん達との連携であり、基幹店舗である横浜市のあざみ野店では、入荷日に合わせ週3日、野菜ソムリエさんが売場に立ち、試食提供・商品説明などの販促活動を行っている。その効果は非常に大きく、「金次郎野菜」ブランドのファンは確実に増加傾向にある。今年度は国の補助事業を活用しながら、生産者と消費者をつなぐ仕組みを完成させたいという思惑があった。

市場流通では、生産者と消費者の距離が長く、双方の接点は少ない。一方、農産物直売所は、生産者と消費者の距離が最短となる流通形態であり、両者をつなぐフードチェーンの要となる。したがって、農産物直売所は、生産者や農産物、あるいは農業のことを、消費者に理解してもらうための食育活動を実践する場として最適であると言える。さらに言えば、食育活動を行うことは、農産物直売所の社会的な使命であると考えている。そして、食の大切さを消費者に伝える食育活動とは、生産者と消費者をつなぐための最も有効な実践活動であるというのが私の持論である。

全国で1万件以上あると言われている農産物直売所は、近年勝ち組と負け組に明暗が分かれつつあり、売上を年々落としている直売所も多い。一方、最近確実に売上を伸ばし、支持を得ているのがJAの直売所である。JAは組織力・指導力・資金力共に優れていることに加え、直売所運営の理念が確立している。全てのJA直売所に当てはまる訳ではないが、商品管理・安全管理体制がしっかりしており、品揃えも豊富である。さらに、先ほど触れたように、「食農教育」にも力を入れており、店舗でも様々な実践活動を展開している直売所も多い。勝ち組と負け組に分かれる理由はいくつかあろうが、その理由の1つは、その直売所が、生産者と消費者をつなぐという社会的な使命を果たしているかどうかにあると考える。

余談になるが、JAの直売所の販売委託手数料は一律15%である。しかし15%という低い手数料率のもとでは直売所の経営は非常に厳しく、近年は18%、20%と収支が合う手数料率に引き上げている直売所も多い。JAの直売所が様々な食育活動ができるのは、売上がそれだけ上がっていることに加え、JA本体の経営基盤が盤石だからだと言えよう。一方、経営が厳しい直売所は、余分な活動をする手間もコストもかけられない。さらに経営状況が悪化してくると、売ることしか考えず、利益を確保するため仕入品が多くなり、食育活動に目を向ける余裕などなくなる。その結果、消費者が店舗からさらに離れていくという負の循環に陥ることになる。

食育活動を行うためには、相応の手間とコストがかかる。直売所自体はビジネスとして行っている訳で、そのためのリターンがなければ活動は持続しにくい。したがって、直売所の食育活動は、販売促進手法の一つと位置づけることが妥当であろう。しかしその効果は容易に現れるものではないし、売上には全く貢献しないかもしれない。一方、店舗での食育活動は、消費者にとっては、農業・農産物への理解が深まることになり、メリットこそあれデメリットはない。こうした構図の中で、直売所には、出来る範囲で継続的に食育活動を実践していくことが現実的であると考える。

次に、直売所における食育活動の実践手法である。食育活動には2つアプローチ手法があると思う。ひとつは、農産物の栽培・流通方法、旬、品種、調理方法などに関する知識と共に、そのおいしさを消費者に伝える手法である。もう1つは、1日の野菜摂取量350gが目安で栄養バランスのとれた食事をするなどといった、栄養学的な知識を教える手法である。前者はおいしいから買う・食べる、後者は身体によいから買う・食べるといった消費者行動を誘発する。両方とも大切であるが、直売所においては、前者の手法に力を入れることが有効であると考える。

今年度の事業では、有識者、生産者代表、消費者代表、直売所代表などを委員に招き計3回の委員会を開催し、直売所における食育活動のあり方について議論を重ねた。その中で、消費者代表の委員からは、「金次郎野菜がなぜおいしいのか、その理由を知りたい」、「知ることで農産物はさらにおいしくなる」といった意見を頂き、目から鱗が落ちたような気がした。誰がどこでどのように、どんな気持ちで生産した農産物なのか。旬はいつで、その品種がどのような商品特性を持ち、どうやって食べるとよりおいしいのか。知って食べるのと知らずに食べるのではおいしさが違うということだ。知ることで、おいしさが増し、購買意欲が高まり、消費は拡大する。私は、日本酒党でワインはあまり飲まないが、うんちくを知る人ほど、ワインをおいしく楽しく飲めるだろう。野菜も同じことが言える。生産者が、農産物のおいしさやおいしい食べ方を一番よく知っている。それは、生産者が最も多くの知識を持っているからであろう。

本年度は、消費者を生産現場に連れて行き、学習体験をさせるという、食育バスツアーを年6回行った。その効果は絶大で、ツアー参加者の意識変革に結びつくことも実証できた。しかし、補助金があってはじめて出来たことで、これほど手間もコストもかかる食育活動を持続的に行うことは困難である。その代わり、この度習得したノウハウを生かし、今後は流通研究所が窓口となり、生産者主体の体験交流会などへ店舗の利用者を参加させるような仕組みをつくっていきたいと考えた。

1年間の事業を通して、直売所の食育活動は、これまで私達が「KABS」で行ってきた、野菜ソムリエさん達に売場での販促活動を担ってもらうという手法が最適であるという結論を得た。こうした活動は、直売所の従業員が担うべきだと思うが、日々の仕事に追われて活動は手薄になってしまう傾向にある。一方、野菜ソムリエさん達は高い知識と農業への熱い思い入れがあり、そのおいしさを伝え続けることで、生産者と消費者の橋渡しの機能を最大限発揮して頂ける。

また、この度の事業で、私が考えてきたこと、流通研究所が実践してきたことが、正義であることを確信できた。この2月からは、専任担当者を新規雇用し、「KABS」事業の拡大に向けて本格的に取り組んでいく。まだまだ課題は多いが、食育活動に重点を置きつつ、生産者と消費者をつなぐ仕組みづくりに邁進していきたい。