第19回 | 2010.10.04

直売事業にチャレンジしよう! ~JA共販との相乗効果の発揮~

多くの農家は農産物をつくるだけで後はJA・市場任せ。しかしそれではいつまで経っても重要な経営要素であるマーケティングは出来ず、農業経営としての自立はない。農家が真の農業経営を実践するためには、農家自身で自分のお客にたどりつく努力をしなければならないし、直売事業に踏み込む必要があるというのが私の持論である。しかし、地域の農家をまとめ、産地化を図り、高位平準化とロットで全国のマーケットを対象に共同販売するJAの役割も非常に大切だ。この2つの矛盾をどう解決すべきなのか、私自身明確な答えを持てずにいた。しかし、この度、千葉県長生地域の梨農家の話を聞いて、一つの答えを発見したように感じた。

この地域は梨の一大産地であり、100名を超えるJA部会員が存在するが、驚くことにその多くの農家が梨専作農家である。かつてはみかんやぶどうなど様々な作物にチャレンジした経緯があるが、水稲さえやめて梨一本で勝負しようと腹をくくった産地で、長生の梨としてブランド化に成功している。合併JAの統一共選果場のもと、強固な生産組織をつくり、昨年度には遊休果樹園などを有効活用するための委員会まで立ちあげている。しかし、組合員には出荷数量義務や規格義務などは課せられておらず、各農家が自らの判断で、品種・規格・出荷数量を自由に持ち込むのだという。ある農家は「幸水」のL中心、またある農家は「豊水」のM中心といった具合で、全体の収量は同じでも、年によって持ち込む数量が異なるといった具合だ。それでもこの生産組合の梨への市場評価は高く、今年は市況が良かったせいもあるが、この10年間で最高の高値がついたそうだ。

この地域では、JAでの共販のほかに全ての農家が直売事業に取り組んでおり、全量の3~4割程度を独自の直売ルートで売りきっている。その直売のやり方はとてもユニークだ。上総一ノ宮の商店街では夏が来ると、梨の直売店が数多く開設する。いずれも販売しているのは農家のおばあちゃん達だ。昔から行商文化があるこの地域では、農家のおばあちゃんは、売り子として外に出るのが家族の中での役割で、農家によっては地元だけでなく、茂原や大網など都市部にも同じような直売店を出店するそうだ。また、玉が小さい梨を、近隣の直売所へ持っていく農家もいる。こうした外に打って出る直売に加え、農家を直接訪れて買っていくお客も多く、いわゆる庭先販売も活発だ。販売価格の相場は2個で700円。高いというお客さんもいるそうだが、それ以下の値下げ販売はしない。「安い梨が欲しいならスーパーに行って下さい」と言い切る。さらには個人宅配という有望な販売方法がある。話を聞いた農家は500件程度の固定客を持っていて、毎年安定した売上をあげている。こうした固定客は、農家の応援団であり、出来がよい時も悪い時も常に農家に理解を示し、毎年変わらず購入してくれるという。「いいお客さんを自らつかまえることが大切」「そんなお客さんがいるからよりいい梨を作らなくてはと思う」と語りながら、その農家は私に見事な「新高」を土産にくれた。

自ら直売事業をやっているから消費者の顔が見える、消費者のニーズが分かる、消費者が応援する声が聞こえる。だから、もっともっと技術を高めようとする。その結果、産地全体の底上げと農家一人ひとりの梨づくりに対するプライド醸成につながっており、この産地からJAを通して出荷される梨も高品質なことがうなずける。農家はJA組織をとても大切にしており、規格の大小はあっても決していいかげんな梨は出荷しない。ここに、個人直売とJA共販とが両立し、相乗効果の発揮につながる仕組みを見た思いがする。

しかし、課題も残る。こんな完成された産地でも、やはり後継者不足は深刻だ。約1町歩の梨園をおばあちゃん、おじいちゃんを含め家族4人で切り盛りする。4月の交配時期には人で足りず、どこの農家でも数名のアルバイトを雇うそうだ。しかし梨専作であることから、冬場は比較的仕事量は少ない。後継者の育成のためには法人化が有望な手段であると私は考えているが、4人で1町歩が限界であり、それ以上規模を拡大するには作業の中核を担う新たな労働力が必要である。また、年間を通して労働量が安定しないと、周年を通した新規雇用ができないことから、結局、家族経営の域を脱することはできない。殊勝な息子がいるなら親の偉大な遺産を引き継ぐことになるが、いなければその遺産を引き継ぐものはいなくなる。ならばどうすれば良いのか、完成された産地であるからこそ、次の一手は難しい。山梨県の果樹農家が近年取組を始めたように、冬場の軽量作物を導入し、年間を通した労働量の均一化を図るなど、新たな挑戦に期待したい。

このような課題は残るものの、全ての農家が自分の顧客を自分でつかむことで、高い意識を持った産地形成を実現している点は素晴らしい。JAはなるべく多くの荷を集め、計画的に販売したい。組合員が勝手に販売されては価格形成力を低下させ、組織崩壊につながるという考え方から、産地によっては個人直売を手がける農家を白い目で見るところもある。事実、個人直売が拡大して、組合員離れが進みJA自体が存立意義を見失っている産地もみられる。しかし、農家の自立と意識向上なくして産地の発展はない。個人直売とJA共販の両立は、今後の産地の重点テーマになってくる。長生地域はブランド梨だからできることで特別だと言い切ってしまう前に、JA職員はじめ関係者は謙虚にこの取組を研究されたい。