第198回 | 2014.07.22

生産者と消費者をつなぐ仕組みづくりに向けて ~フードチェーン食育推進事業の実践現場から~

今年度、流通研究所は、農林水産省の補助事業の採択を受け、「フードチェーン食育推進事業」を実施している。この事業は、生産から消費までの一貫した体験や学習を通し、消費者の食育への意識や行動を醸成させようと言うものだ。また、その成果を冊子にして、全国の直売所などに配布することに加え、東京・名古屋・大阪の3箇所で成果報告会を行い、同様の取組を普及させていくことを狙いとしている。事業の趣旨・目的を踏まえ、流通研究所は、金次郎野菜の販売拠点である横浜のあざみ野ガーデンズの消費者を大型バスに乗せて、生産者や産地を回り体験させる食育プログラムを推進中である。去る7月13日(日)には、第1回の食育バスツアーを実施した。

43名が参加したバスツアーは、あざみ野店を朝9時に出発。先ずは大澤ファームの農場を訪れ、大澤さんからの説明の後、とうもろこしの収穫体験を行い、獲れたてのとうもろこしを炭火で焼いて食べた。有機堆肥をふんだんに使い、土づくりにこだわっている大澤さんのとうもろこしは、とても甘い。ましてや獲れたてを炭火で焼いたのだから、誰もがそのおいしさに驚愕したのは当然であろう。

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その後、農業生産法人(株)おだわら清流の郷の社員として私自身が引率し、金次郎米の産地である田んぼの中を30分程度ハイキングした。酒匂川から直接取水した水がここかしこに滔々と流れ、箱根山を背景に青田が一面に広がる風景は、我が郷土の誇りである。私が子どもの頃、このあたりは一面蛍が乱舞しており、あたかも蛍の海の中を歩くような感覚だった。しかし、コンクリートの農業用水が整備され、いわゆる一発剤による除草方法が導入されたことから、今では蛍もほとんど見られなくなった。それでも、田にはタニシやカエルが多く生息し、用排水にはたくさんの小魚が泳いでおり、参加者達は小さな感動を積み重ねながらショートハイキングを満喫したようだ。

そのまま徒歩で我が村の公民館に向かい、ランチタイムとなった。昼食は、神奈川野菜ソムリエコミュニティの皆さんにより、金次郎野菜をふんだんに使った料理を提供して頂いた。シンプルでありながら素材を生かした抜群の料理だ。公民館では、ソムリエさんによる食育講座を開催したことに加え、地域の若手農家グループである「みどりの会」の和田会長、近藤副会長、そしてとうもろこし体験をやって頂いた大澤さんが駆けつけ、参加者との意見交換会も実施した。

その後バスは、金次郎野菜プロジェクトの原点である「尊徳記念館」に向かった。ここでは、二宮金次郎先生の生家が残り、金次郎先生の偉業の数々を知ることが出来る。そして最後は、果樹農家である秋澤マルミ農園の秋澤さんの自宅を訪れ、果樹園を視察し、梅干の加工工程を学習した後、帰路についた。

幸い、曇り空で比較的涼しく、事故もなく、参加者に満足して頂け、第1回の食育バスツアーは大成功だった。この度のツアーの当日の運営には、流通研究所の社員を含め、総勢12名のスタッフが関わった。協力頂いた生産者の皆さん、野菜ソムリエコミュニティかながわの皆さん達に、改めてお礼を申し上げたい。

バスツアーのタイトルは、第1回検討会での意見を踏まえ、「直売所の野菜はなぜおいしい?感動の美味しさ発見、食育バスツアー♪」とした。消費者に農産物の美味しさの理由を知ってもらうことを最大の目的とした。生産者の土づくりからのこだわり、雨の日も晴れの日も、ほ場と向き合い汗を流す生産者の姿、農産物が育つ風土と歴史など、多くの要素が農産物のおいしさを生み出している。

食育というと、栄養バランスに考慮しながら1日350gの野菜を食べようといった栄養学的なアプローチが先行しがちだ。それは確かに重要なことだが、健康のために無理しても野菜を食べようという啓発をしても、野菜をもっと購入し食べようと思う消費者の動機付けにはつながりにくい。飽食の時代の中で、身体によいからと言って、家畜のように野菜を無理やり食べるような消費行動はとらない。

では、どうしたら、もっと野菜を食べてもらえるのか。それは、野菜のおいしさを知ってもらことだ。おいしければ、もっと購入し、もっと食べてもらえる。全国の生産者は、消費者においしい農産物を食べてもらいたいと日々願い、おいしさを追求するための努力を重ねている。おいしい農産物をつくり、おいしい状態で店頭に並べ、そのおいしさを消費者に伝えることが金次郎野菜プロジェクトの原点である。そして次は、おいしく食べられる調理法の提案である。素材がおいしくても、家庭でおいしく食べられなければ意味がない。

そのために、金次郎プロジェクトでは、野菜ソムリエさんが常時店頭に立ち、商品説明や試食などの販売促進活動を行っている。また、生産者や産品・調理や保存方法などの情報を満載した消費者向け機関紙である「金次郎新聞」を作成・発行してきた。生産者の情熱、農産物のおししさを、消費者に伝え、家庭の食卓に届けたい。野菜を食べて、子どもも親も「おいしい」と、家族の笑顔が溢れるような食卓づくりに貢献したい。消費者が野菜の価値を認め、再生産可能な適正価格で購入してもらうことで、生産者の所得向上に結び付けたい。そして、消費者の期待に応える技術力、農業への情熱と誇りを持った若手生産者をどんどん育成したい。それが私の行動理念であり、金次郎プロジェクトも、この度の食育事業も、その具現的取組に他ならない。

この度の事業で流通研究所は、参加者向けの食育ガイドを作成した。私の意向も踏まえ、農産物の生産、流通、加工、消費までのフードチェーンについて、図解入りで小学生にも分かるような内容に仕上がっている。食育ガイド的なものは世の中に数多く溢れているが、作成したガイドは、他のものとはひと味もふた味も違う秀作であると自負している。作成したのは我等が同士・野菜ソムリエの丸橋さんだ。このとてもチャーミングな女性は、金次郎新聞の取材・編集まで手掛けており、バスツアーでは総合ガイドもお願いした。生産現場や生産者、農産物を見る視点はもとより、文章力・編集力が極めて優れており、いつも感動させられる。金次郎の飼い猫「にゃん次郎」というキャラクターも大変気に入っている。食育ガイドは、流通研究所のホームページにもアップするので、是非見て頂きたい。

この度の食育ツアーで改めて感じたのは、都市部住民、とりわけ子ども達は、高度に工業化された生活環境の中で暮らし、育っており、農村は特異な非日常空間であることだ。その一方で、農産物のおいしさのルーツを知りたい、農業・農村をもっと理解したいという非常に強い思いがあることを実感した。農家の常識は、必ずしも都市部住民の常識ではなく、我々が思いもしないことに感動したりする。例えば、小川に流れる水を生まれてはじめて触った子ども達がいたり、築50年の田舎の公民館の写真を撮っている大人がいたりする。ましてや農産物の作り方など、ほとんど知識がないに等しい。しかし、探究心は極めて旺盛だ。こうした方々に、農業・農村やそこから生産される農産物の価値を伝えるためには、非常に丁寧な取組が必要だと感じた。

これより毎月、同様の食育バスツアーをあと5回実施する。その実施内容についても、随時流通研究所のホームページで公開するので、期待して頂きたい。生産から消費までのフードチェーンの体験・学習を通した食育の推進、生産者と消費者をつなぐ仕組みづくりのためには、まだまだ研究すべき内容が山積している。この事業を通して、様々な仕掛けを行い、検証を重ね、よりよい手法を編み出し、全国の関係者に報告していきたい。