第171回 | 2013.12.16

瑞穂の国の魂を発信せよ! ~「和食」の世界文化遺産登録への期待~

「和食」が世界文化遺産に登録された。私はこの慶事を心から喜ぶ者の一人だ。私の趣味のひとつが料理をすることだ。我が家の料理は、今でもほとんど私が作っているし、巣立った2人の子どもの朝食も弁当も私が作ってきた。自家菜園で年間20種類程度の野菜を作り、畑でとれた旬の野菜を素材に料理する。休暇がとれると、これらの素材を利用して5~6品の料理をつくる。我ながら、これがたまらなくうまい。そんな影響を受けてか、うちのイケメン息子は料理人の道を選んだ。料理の領域は、洋食、中華など様々だが、近年歳をとってきたせいか、さっぱり系の和食メニューを作ることが多くなった。

洋食は、バターやオリーブオイル、コンソメ・ブイヨン、及び多様な香辛料などを活用し、総じて「味を創る」料理だと考えている。これに対し和食は「出汁」と発酵調味料を用いて、「食材の美味しさを引き出す」料理だと考える。この違いは、食文化や民族性だけではなく、国土の地勢や気候風土など自然の条件によるところが大きい。日本は島国であり、どこでも新鮮な海産物が獲れる。また、春夏秋冬という季節が存在し、起伏に富んだ地形、豊かな水利と土壌のもと、米はもちろん、多様な野菜や果実を生産することが出来る。冷静に考えると、こんな国は世界を見渡しても他にないと言えよう。

この幻の国・ジパングから生み出され、何千・何百年も年月をかけ、家庭の叡智と料理人達の匠の技によって伝承され磨かれてきたのが「和食」である。出汁は昆布と鰹節でつくることが基本だ。しかし出汁の原料となる昆布も鰹節も、伝統的な技術のもと、2年程度の期間を要して製品化される。また、日本独自の発酵技術を生かした調味料である醤油、味噌、酢、さらには天然の塩なども多くの工程を通して商品になる。つまり、和食では、多様なプロ達が多くの努力と労力を費やした調味料の存在が、料理の基礎となっている訳だ。脂の「うまみ」を否定する訳ではないが、こうして創られる和食の「うまみ」の深さはどの国の料理も及ばないのではないかと考える。

「和食」を構成するもう一つの要素は、素材の良さである。主食の米は、世界一うまいことは間違いない。主菜となる魚介類は種類が豊富で鮮度が高いし、牛肉も豚肉も鶏肉も世界一の品質を誇っている。副菜となる野菜や果実、林用特産物の品質・鮮度の高さは言うまでもない。つまり、和食は、農林水産業が基盤となって成り立っていると言える。日本の調味料を海外で使っても、素材が劣る海外では、和食本来の味は引き出ないだろう。豊かな国土と四季、匠の技を伝える製造メーカー、とびきりおいしい素材を生産する農家や漁家によって、世界最高の料理である「和食」と世界が認める食文化が形成されている。これが日本の魂であり、「みずほの国」の原点と言えるだろう。

さて、世界文化遺産登録を自己満足に終わらせてはならない。この度の慶事を、攻めの農林水産業を展開する契機にしたい。全中は、日本の素材と和食を広めようと、香港にアンテナショップの飲食店を開設し、今後世界各国への出店を計画している。また、料理人達が、和食を広めるため、和包丁と大和魂を持って海外に進出する動きも加速している。こうした流れを活かし、「和食」の輸出を加速させ、日本の食文化のブランド力を海外で定着させたい。和食が世界に広まれば、先ずは、昆布、鰹節、天然塩に加え、各種の伝統調味料の輸出が拡大するだろう。そして、食材となる日本の農林水産物の海外でのブランド力は、さらに高まることになり、輸出でも有利な勝負が出来る機会は増えるだろう。

農林水産業者は、世界文化遺産である「和食」を根底で支えていることに、大いなる自負と責任を抱いてもらいたい。より美味しい食材をつくり、提供していく。そして、次世代に引き継げるような安定した所得が確保できる経営を実現することも、農林水産業者の義務であろう。

一方消費者は、わが国の食文化を支える農林水産業者に敬意を払うとともに、品質に応じた適正価格で買い支えることが社会的義務と言えよう。欧米では、社会に貢献する取組に対し代価を払う人が多い。文化を守る、あるいは環境を守るような取組によって生産された農産物には、価格が高くても優先購入する。これに対し日本では、社会に貢献する取組に価値を感じる消費者は少ないようだ。有機農産物を購入する理由のほとんどが「環境によいから」ではなく、「自分や家族の健康によいから」と利己主義によるものである。「和食」の世界文化遺産登録により、日本人の農林水産業への評価が少しでも高まることを期待したい。

ただし、生産コストの削減は、農家が共通して取り組むべき課題である。構造改革が今後急速に進む中で、よいものをより安くつくり、提供し続ける努力を惜しんではならない。あくまで総論であるが、努力が足りないゆえに、農林水産業に対し、十分な理解を得られなかったという見方もできる。TPP交渉は重点5品目の例外措置をめぐり、暗礁に乗り上げているが、既にTPP参加に賛成の国民が、反対の国民を大きく上回っているのも事実だ。

和食の文化遺産登録は、日本の食と食材を、世界的なブランドに押し上げていくことになろう。生産者も消費者も流通事業者も、日本という瑞穂の国を、またここで育まれてきた農林水産業を見直すよい機会にすると共に、大いなるビジネスチャンスに転換して頂きたい。