第147回 | 2013.06.03

無限の可能性を秘めた神奈川県農業の推進策 ~神奈川県都市農業審議会より~

去る5月29日、神奈川県都市農業審議会に委員として出席した。県内の有識者により構成されたこの審議会は、県が重要な農政施策を決定するにあたり、意見を聴取することを目的に設置されたもので、今回で19回を数える。環境農政局長からの開会のあいさつに続き、各課長から平成25年度の農業関連予算や重点施策などの説明があった。まずはその中で、私が特に関心を持った施策についてコメントしてみたい。

1つ目は、「意欲ある若手農業者の育成・確保の取組」であり、国の施策と連動しながら、青年就農給付金などにより、就農研修段階から経営開始段階、経営の高度化段階まで、就農者のレベルにあわせて支援する制度である。神奈川県の場合、「かながわ農業アカデミー」という農業学校が存在し、多くの新規就農者がここで学び巣だっており、担い手育成機関として高い評価を得ている。このアカデミーの卒業生は、卒業後も情報交換や懇親を深めるなど、新規就農者のコミュニティの核であり精神的な支柱にもなっており、平成24年も14名が受講している。

卒業後は、アカデミーで紹介する先進農家で引き続き研修を受ける者も存在するが、県内では大型の農業生産法人が少ないことから、受入先の確保には苦労しているようだ。また、委員からは、新規就農者を農家後継者、若手非農家、中高年非農家に分類し、それぞれにあった育成カリキュラムをつくるべきだという意見があがったが、私も全く同感である。特に、知識が不足し、地域にもなじみにくい若手非農家の場合、就農後のきめ細かいアフターフォローが必要となる。そのためにも、現場での研修先となりうるような農業法人の設立・育成が、今後の課題と言えよう。

2つ目は、神奈川県のヒット施策である「中高年ホームファーマー制度」である。「中高年ホームファーマー制度」とは、中高年が技術研修を受けながら、耕作放棄地を復元した100㎡~500㎡の農地を耕作する制度である。また、3年間の研修後は、1,000㎡~3,000㎡のさらに広い農地を耕作する「かながわ農業サポーター」などへステップアップさせる仕組みである。毎年50名程度の研修生が存在し、そのうち、「かながわ農業サポーター」となった者は、これまで79名存在する。

県は昨年度、NPO法人と地権者・農園利用者が協同して農園を運営する手法を検討し、現在県下の7市町でこのモデルを始動させている。こうした背景を受け、平成25年度は、中高年ホームファーマーが、新たにNPO法人を設立し、農園を運営するというモデルの拡大に向けた支援を強化している。農業に関心があるリタイヤ組にとって、単なる趣味に留まらず地域農業の振興の一助になる道筋を示す施策であり、今後の発展性が期待できる。

3つ目は、「『医食農同源』食材活用振興モデル事業」である。県内の大型直売センターにおいて、医食農同源についての理解促進を図るための研究会を開催するとともに、各地域の食材を用いたレシピによる試食・PRを行い、地産地消による食育を進めようという事業である。県内には、JAが運営する直売所が15か所あるが、3か年かけて全ての直売所で同様のイベントを展開していく方針である。

この施策は、最近弊社が作成した企画内容に酷似していたので、非常に驚いた。直売所は、地産地消の拠点であることに加え、食育の拠点でもある。直売所の利用者は、もともと食育に関する意識が高いことから、利用者の知識・理解をさらに深めることにより、利用者に食育の伝道師になってもらい、地域に活動の輪を広げてもらえるよう誘導することが効果的である。また、全国に4万人存在する野菜ソムリエや100万人存在する栄養士を直売所を核とした活動に参加させることも有効であろう。本事業が、全国的な先駆的なモデルとなることに期待したい。

その他にも、いくつかの重点施策があるが、いずれも900万人を超える人口を持つ神奈川県ならではの施策が多く見られた。欲を言えば、農業関連予算がもう少し欲しいところである。確かに、神奈川県の販売農家数は28,000人しか存在せず、その人口割合は0.3%に過ぎない。しかし、担い手数は減少していても、農業産出額は横ばいをキープしている。一農家あたりの経営規模は0.73ha(全国平均は1.82ha)と小さいが、土地生産性は10aあたり157,000円(全国平均は56,000円)と非常に高い。大消費地と農地が隣接しているメリットを活かせば、神奈川県の農業の発展性は高いと考える。

審議会の中で、私が住む小田原市を核とした県西地域では、新規就農者は少なく、耕作放棄地が多いという問題提起があった。平成20年から23年までの新規就農者は合計30名で、県全体の436名の6.5%に過ぎない。一方、耕作放棄地面積は836haに及び、全県の2,488haの32.3%を占める。酒匂川沿いには豊かな水田が広がっているが、その他は中山間地域に類する立地に畑地が点在しているといった地域である。

耕作放棄地の多くは、みかん畑であろう。余談であるが、その昔小田原の農家は、みかんでぼろ儲けした時代がある。海岸線沿いの南側の急斜地は、耕作条件は悪くても、みかんがよく出来たので、こぞって山を切り拓き苗木を植えてきた。しかし、価格が暴落した現在、こうした急斜地でみかんをつくる農家はいないし、高齢者にはとても耕作できない。私もみかんの収穫をやったことがあるが、急斜地での作業は非常に危険である。雨上がりの収穫作業などは、大げさに言えば死を覚悟する必要がある。もうかるから、無理な立地を農地として切り拓いてきた訳であり、耕作放棄地解消など言わず山に返すべきだと私は考える。

それでも県西地域は、農業に取り組む若者にとって魅力にあふれるエリアである。一つは柑橘類の北限にあることだ。品質は昔から折り紙つきであることから、条件のよい立地を選び直して増産し、熟成するなど付加価値をつけることで、相応の価格での取引が期待できる。柑橘だけでなく、なし、いちじく、ぶどうなどの果実もよく出来るし、温暖な気候を背景に多様な野菜も出来る。特に、たまねぎやなすは適地であり、素人でもびっくりするような高品質なものが出来る。加えて、豊かな水利を活かしたうまいコメも出来る。

魅力いっぱいの神奈川県農業を、さらに魅力的にしていくことが、神奈川県都市農業審議会の役目であろう。そして私も、委員の一人として、審議会の場で発言するだけではなく、流通研究所の代表として、地域をこよなく愛する農家の末裔として、県農業の発展に向けた実践的な取組を進めていきたい。