第67回 | 2011.10.11

無限の可能性を持つ都市部農業の展望  ~都市部における篤農家達の実像~

今年は都市農業の振興に関する仕事が大変多く、都市農業を研究する上でまたとない機会を頂いている。本日は、今年流研が受託している業務の中で、地域の篤農家へのヒアリング調査などを通して感じた、都市部における篤農家達の実像と都市農業の展望についてコメントしてみたい。

千葉県松戸市では、直売施設の整備構想にかかわる仕事をさせて頂いている。松戸市は人口約50万人で江戸川を境に東京都と接する。細川たかしの「矢切の渡し」で有名であるが、河川敷には矢切耕地という約100haの肥沃な農地が広がり、「矢切ねぎ」はブランド農産物としての地位を得ている。江戸川を渡ったら都内という好立地であり、その昔は江戸の肥えを船で運びこみ、その肥えを活用して野菜などを作り、また江戸へ運び込んで売るという循環型農業を実現していた地域であったという。また、市内には比較的まとまった農地が点在し、ねぎに加えきゃべつ、こまつななどを主体に多様な野菜が生産されていることに加え、二十一世紀なしの発祥の地としてなしの産地としても有名だ。

松戸市は、長年市場出荷が中心の産地で、築地まで直接持ち込む農家も多かったが、現在は都内の市場の取扱の価格差が縮小したことから、地域の市場に持ち込む傾向にある。一方、多くのスーパーが地場野菜コーナーを設置し始めたことから、市場出荷からスーパーとの直接取引へとスイッチする傾向も見られる。スーパーによっては松戸市産の専用コーナーを設け、生産者の顔写真入りのプレートを展示するといったインショップ型の展開をしている。高所得者層が近隣に多いスーパーでは、安定的な高値取引を実現しており、農家所得の向上に結びついている。

話を聞いた中で一番驚いたのがなし農家である。専業のなし農家の多くは、概ね1町歩程度の農園を持ち、幸水・豊水・あきづき・新高という4品種を栽培している。庭先販売でほとんどを売り切ってしまい、売れ残りを市場で販売するという方法をとる農家が多い。市川方面に伸びる国道は、通称・梨街道と言われるほど、農家が開設する直売所が乱立している。こうした直売所で販売されているなしの価格は、10㎏あたり6,500円~9,500円(中玉1個あたり500円程度)と、驚くほど高い。私が住む小田原市もなしの産地であるが、私のところの3倍ぐらいの値が付いている。もちろん品質は優れているが、都内から至近距離にある産地であることから、このような高価格でも買って行く顧客が多く存在するということだ。

千葉県市川市では、地域農産物ブランドの認証制度の導入をテーマとした仕事をさせて頂いている。市川市は松戸と隣接しており、松戸市同様約50万人の人口を誇る。「市川の梨」は登録商標されており、既にブランド農産物として流通している。かつてはにんじん、かぶなどの大産地であったが、現在にんじんは船橋市へ、かぶは柏市へと産地が移行しており、2品目とも生産量は少ないものの、多様な野菜が生産されている。一方、市が盛んに施設園芸を進めてきた時期があり、「トマト+きゅうり」による周年栽培という経営形態の農家が多いことも特徴と言える。

この地域の篤農家達は、それぞれ独自の販路を持っている。ある農家は、1㎏500円の固定価格で全量庭先販売で売り切っている。ある農家は、毎日4時半に起床し、全量朝どりの農産物をスーパーに持ち込んで、鮮度を強みに高値販売を実現している。またある農家は、豊富な児童数を背景に、ねぎ・じゃがいもなど4品目を計画生産し、全量学校給食に供給している。そしてある農家は、市場出荷一本で勝負している。市川市の公設卸売市場はかつて100億円規模の取引高を誇ったが、その後30億円規模まで縮小し、運営にあたっていた卸売業者が倒産してしまった経緯がある。その市場を長印市川青果という企業が引き継ぎ、現在80億円規模まで回復している。市場がなくなって困っていた農家を長印が救済してくれたと恩を感じている農家も多いようだ。

東京都では、都内産農産物の流通実態を明らかにするための調査事業を行っている。先日はグループインタ―ビュー方式で、清瀬市の農家10名と話を機会があった。清瀬市は池袋から西武池袋線で約25分、埼玉県に隣接する人口約7万人のベッドタウンである。市の農地面積は約220haであり、その全てが市街化区域に位置し、約9割は生産緑地指定を受けている(残り1割は宅地化農地)。このように書くと、不動産に依存した小規模な兼業農家ばかりで成り立っている農業地域であると想像するが、篤農家達へのヒアリングを通してこうした考えが偏見に過ぎないことを痛感した。

この地域は火山灰の肥沃な土壌に恵まれ、昔から野菜の生産が盛んな産地である。主な作物は、ほうれんそう、こまつななどの葉菜類と、にんじん、さといも、だいこんなどの根菜類である。この度話を伺った農家の方々は、いずれも地域をリードする中核的農家であるが、概ね1~2haの畑地と30a規模のハウスを持っている。この地域の特長は、市場出荷による販売が100%という農家が多いことだ。若手農家の中にはスーパーとの直接取引を行うケースも増えてきたが、まだ圧倒的に市場流通が主流だ。その背景には、栽培技術が高いことから、全国の産地を相手にしても、市場で高値取引を維持できるという農家達の自信にある。また、市場は信頼できるが、スーパーは取引相手として信頼できない。市場とはこれまで長い信頼関係のもとで、やってきた。市場がなくなったら農家をやめてしまうという発言もあった。

大都市では農地のほとんどが都市計画区域内に存在し、その多くが生産緑地指定を受けている。相続が発生する度に農地は縮小する場合が多く、周辺は徐々に宅地化する運営にある。営農条件は良いとは言えないが、そこには農業に本気で取り組む篤農家達が数多く存在する。彼らに共通していることは、農家としての崇高なプライドと生産技術を持っていること、消費地に近いというメリットを最大限活かして独自の販路を開拓するなど特長のある経営を行っていることである。また、全国的に後継者不足が課題になっている中で、多くの篤農家に後継者がいることも特長と言える。

東京都などでは、議員達を中心に、相続税対策としての生産緑地制度の見直しと都市部の農地を継続的に残す仕組みづくりに向けて、長年国への働きかけを続けている。都市部にうるおいの緑地としての農地を残すとういう視点も重要であるが、都市部にこのような素晴らしい農業経営を残す、そのための基盤となる農地を残すことに重点を置いた検討が必要であると。生産緑地は、法的には担い手への農地集積が可能である。しかし、現実的には高い地価と相続税が課題になって、農地集積は進んでいない。全国でも最先端の農業経営を未来に渡って存続させていくためにも、横浜市がいち早く導入した農業専用地域制度のような、新たな施策が打たれることに期待したい。