第260回 | 2015.11.16

激安食品の落とし穴  ~ 山本謙治さんの最新著書より ~

私の山本謙治さんとのお付き合いは、農林水産省のフードアクションニッポンの審査会でご一緒させて頂いてから、かれこれ7~8年になる。日本のあるべき食と農業の姿について、常に強烈なメッセージを発信し続けている山本氏の、信念に裏付けられた情熱とたゆまぬ努力、そして圧倒的なパワーにはいつも敬服させらるし、私自信多くの元気と勇気をもらって来た。ちなみに、私が「平成の二宮金次郎」と自称してから10年以上経つが、山本謙治さんとの出会いをきっかけに、彼の愛称である「やまけん」にあやかって、「二の釼(にのけん)」と呼称しだした経緯がある。

先日「やまけん」さんから、「激安食品の落とし穴」という最新著書が贈られてきた。その安さにはワケがある。日本の食卓を守ることができるのは消費者のあなた自身だ。今、食べものの事実を伝えたい。こうしたメッセージのもと、各業界へのキーマン達への綿密な取材と鋭い分析により、直球勝負で書き下ろした会心の一冊である。本日は、この著書の概要について私の感想を踏まえながら紹介してみたい。

激安食品の落とし穴

第1章は「弁当‐298円、激安価格の謎を追う!」。298円で、まともな弁当が出来る訳がない。この激安価格を実現するために、割れやすいくず米、三番だし、中国で加工されたプリフライの鶏肉、まずさをごまかすための温めたらおいしくなる添加物など、約35%と言われる原価内で納められるよう安い食材を使い、科学的な工夫を加えているが実状である。まともな弁当を作ると店頭価格は600円にはなるはずだが、高い価格だと購入する消費者は少ない。

第2章は「ファーストフード‐ハンバーガーはなぜ安い?」。チェーン店のハンバーガー価格はどこでも100円台で、その原価は60円以上。ビーフ100%であることは間違いないが、精肉工場などで廃棄される端肉(くず肉)をかき集めて真空パックしたトリミング材が原料となっている。それぞれ各チェーンともに単品では原価割れなので、単品ではなくセット商品を売るようにして利益を確保しているのが実状である。

第3章は「納豆・豆腐‐止まらない価格破壊、正当な価格はいくらだ?」。納豆3連パックの原価は、安価な輸入ものの小粒大豆を使っても、少なくとも35円。それが特売で58円、通常価格でも78円などで販売されている。これは大手スーパーがメーカーに様々な圧力をかけて、あってはならない価格を作っているのが実態であり、その結果多くの中小メーカーが倒産して来た。豆腐についても同様であり、スーパーからの要請に応えざるをえず、原価を削減するため「にがりもどき」の凝固剤を使用するなど、本来の品質からはけ離れた商品が出回るようになっている。

第4章は「たまご‐『物価の優等生』でなくなる時代がくるか?」。輸入飼料が高騰する中で、全国2,600戸の生産者は非常に厳しい経営環境に置かれているにも関わらず、10個1パック200円前後という安値を維持している理由は、単にスーパーや外食産業から「安くしろ」と圧力をかけられているだけである。規模の拡大によるコスト削減も限界に達しつつあり、日本卵生産者協会は「卵の未来を助けて下さい」という広告まで打っている状況にある。

第5章は「ハム・ソーセージ‐それ本当に『肉』ですか?」。日本のハム・ソーセージは、価格は総じて安いが海外の商品よりはるかに味覚・食感が劣る。その理由は、豚肉に「ピックル液」といわれる塩水を注入し、「タンブラー」と呼ばれる機械で回転させることで、重量を増やした原料を活用しているためだ。水を吸ったスポンジのような肉を使ったハム・ソーセージがおいしい訳はないが、消費者に受け入れられるような値頃感を出すには仕方がないことだ。

第6章は「惣菜は食卓の救世主となり得るか?」。スーパーやコンビニで並んでいる惣菜の食材の多くは冷凍食品であるが、例えば揚げたメンチカツなどは、肉の代わりに大豆で作った植蛋などの原料が使われている。また、おにぎりの具材のツナマヨネーズの原料は、高いキハダマグロではなく安いカツオが使われていることに加え、コストをさらに安くするためジェルのような増粘多糖類とアミノ酸液を混ぜこむ。安価な惣菜は、多かれ少なかれこうして作られており、惣菜本来の味はこの国から消えつつある。

第7章は「調味料‐食文化を考えるなら醤油や油に投資を!」。最近の加工食品のほとんどは、アミノ酸などの化学調味料が使われており、天然調味料で味付けされた商品を探すのは困難である。近年、日本人の味覚自体が既に大きく変化してしまっている。安価な弁当や総菜、ファーストフードを食べ続けてきた若者達にとって、化学調味料をふんだんに使った味がスタンダートになってしまっており、本物をむしろまずいと感じたりして、本来のおいしさを見極める舌を失いつつある。その結果、化学調味料漬けの安価な商品ばかりがはびこり、高価な本物には価値を見いだせない消費社会へ転落しつつある。

第8章は「日本の『食料自給率』と『食料自給力』を考える」。日本の食料自給率は、カロリーベースで39%と低く、上がる気配はほとんど見られない。これに代わり、国内でどれだけの潜在的な自給力があるのかという視点の指標づくりが検討されている。しかし、激安食品が増加し、価格の値下げ圧力がさらに強まる中で、生産者は再生産可能な所得は確保できず、廃業せざるを得ない。生産者が激減する昨今、農産物をつくる農地はあっても、この国の食料自給力もまた減退することになる。

第9章は「消費者だけが食のあり方を変えられる」。スーパーが生産者を買いたたくのは消費者のせいであり、消費者の代わりにスーパーが生産者をいじめているのが現実で、食品を激安にして、食が乱れた社会にしまった最大の原因は消費者自身にある。こうした状況を変えるためには、欧米では既に定着しつつある「エシカル・ソーシング(倫理的な取引)」という考えを広める必要がある。その食品をつくり販売するために、正当な取引がなされているか、環境や生態系に配慮しているか、労働者の人権は守られているかなどの基準で食品の成否を見極め、社会的に不当なものであれば不買運動を起こし、優れたものは高くても積極的に購入するという社会理念である。

弁当・惣菜店の「知久屋」、ハム・ソーセージメーカーの「中津ミート」、コンビニ惣菜を供給する「ヤマザキ」、「富士酢」をつくる「飯尾醸造」など、激安食品が市場にあふれ、食に対する認識や味覚が大きく崩れる現在にあっても、本来あるべき食品を頑固に歯をくいしばってつくり続けている人たちはたくさん存在する。東日本大震災で、国民全員で被災地を支え続ける姿に各国は驚嘆し、賞賛の拍手を送った。そんな日本人だからこそ、持つことができる社会倫理であり行動規範であるはずだと山本氏は締めくくる。

消費者は、安くてよいものを求める。しかし、安くてよい食品なんてありえない。日本人の内食化率は年々低下しつつあり、スーパーやコンビニの惣菜、ファーストフード、ファミリーレストランなどで食を賄う消費者が増えている。本書でレポートされていたとおり、その多くは人の体にも次世代の子ども達にも、そして社会全体にも悪い影響を与える可能性が高い。激安食品が既に食文化として定着している現在、消費者意識を変えることは、非常に難しい問題であろう。しかし、この状況を放置すれば、やがて日本人は全て味覚音痴になり、まともな食品をつくる生産者はいなくなって、やがてこの国の食そのものが崩壊することになろう。

私は、スーパー・コンビニ惣菜は一切買わないし、安価なファミリーレストンにもいかない。スーパーでは多少高くてもなるべくよい素材を選び、自分で野菜をつくり、自宅で自ら調理して食べることを信条にしている。なぜならそれが一番おいしいからであり、あるべき食の姿だと思うからだ。この本を読んで、改めて自分の購買行動から見直すと共に、山本氏が発信するメッセージの伝道師としての役割を果たしていこうと思った。

本日のブログは、ほんの一部を紹介したに過ぎず、山本氏がこの著書で発信していることは、ずっと広く深い。このブログを読んで頂いている皆さん。是非書店に直行してこの本を買って頂きたい。1,400円という価格よりはるかに価値が高い内容が、この一冊に詰まっていることをお約束する。