第32回 | 2011.01.11

激動する日本農業!平成23年のキーワード①  ~「TPPと所得補償制度」~

年初にあたり、平成23年の農業を取り巻くキーワードを踏まえ、数回にわたり、今後日本農業が進むべき方向性や農業経営のあるべき姿について所感を述べてみたい。

平成23年の農業は、残念ながら政治がらみのトピックスが大きな話題になりそうだ。ひとつは戸別所得補償制度であり、もうひとつはTPPである。個人的には戸別所得補償制度の本格的導入には大反対であるし、TPPへの参加などは論外であると考えている。反対の旗を振ることしかできない非力な自分に腹が立つが、いつか機会がいただければ全農家、農業関係者の先頭に立ち、堂々と政府などに対して論陣を張ってみたい。

私は20歳代の頃、若気の至りで世界の約20カ国を回った経歴がある。その挙句気づいたことは、「日本は幻の桃源郷・ジパング」であるということだった。久しぶりに帰国した季節は、新緑の山並みを背景に早苗が植え渡る農村に、心を洗うような風が吹いていた。農作業の手を休め、叔父が叔母が、地域の知人たちが帰国した私を笑顔で出迎えてくれた。稲作を基幹とした美しい郷土と、昔ながらの共生社会がそこにあった。どの国よりも美しく、どの国よりも豊かで、どの国よりも平和な日本は、農耕民族である先人達が何百年もかけて培い築きあげてきた地球的財産である。

日本の農業は過去50年、「美しい国土と伝統的な社会システムの維持」、「時代を踏まえた健全な産業としての自立」という相反する2つの重点課題を抱えてきた。戸別所得補償制度は前者の課題解決には若干寄与するものの、後者の課題解決への取組を大きく後退させるものである。そしてTPPへの参加は、前者を根底から崩壊させるものであり、後者へも壊滅的な打撃を与えることは明らかである。マスコミの一部では、TPPへの参加により米の輸出が進むなど新たなビジネスチャンスが生まれるなどと報道しているが、0.0○%のマーケットに0.0○%の生産者がチャレンジできる領域に過ぎないのが実状であり、国民を欺くような無責任な報道には強く憤慨する。ちなみに自由貿易が万能で国民に利益をもたらすなどという理屈はうそである。お互い英知を絞り切磋琢磨する自由競争は促進すべきであるが、持てる資源・環境が大国とは大きく異なる中で日本の農業を保護することは当たり前である。戸別所得補償制度とTPPは、この自由競争と必然的保護という国が進めるべき経済原則に全く反するものである。民主党政権が続く限り、TPPへの参加は実行される可能性が高い。実行された場合、農家の所得補償という観点から、補償額が現行規模に加え数兆円上乗せする等、どのような保護策をどの程度とるのかが焦点となるが厳しい財政事業に期待は薄い。

しかし政治批判ばかりしても所詮負け犬である。では、我々は何をすべきか。一言で言えば「生産者・流通業者・消費者が社会的義務を果たす共生型のフードシステムを創る」ことだと私は考えている。そしてその取組は近年ここかしこで始まっており、農業関係者は同じ理念のもと自身と自覚を持って前進すべしと考える。そして私のミッションは、このシステムづくりを促進することにある。日本人がこれまで築き上げてきた共生社会の理念や仕組みを活かし、時代に対応したオンリーワンの次世代型産業へ転換することで、日本農業が国民全てに理解され、国際社会に自身を持って主張できるようにしたい。

共生型のフードシステムを創るための一つ目のポイントは、「適正価格での取引」である。長引く景気低迷の中で、相変わらず安売り合戦が繰り返されている。結果としてデフレを招き景気低迷に更に拍車をかけることになる。安い輸入農産物が拡大すれば、この傾向はさらに助長される可能性がある。しかし、安売り合戦を繰り返しても、一時的には一人勝ちしても、誰も幸せになれないことに誰もが気づき始めたにも関わらず、やめられない状況に陥っている。先般テレビで宅配サービスの特集を組んでいた。宅配需要が高まる中でスーパーでもメーカーでも宅配事業を強化しているが、配送費割引あるいは配送費無料の影で、配送業務を手がける物流会社や個人事業者は低収益、低賃金に喘いでいるという。「安さ」を実現するためには企業努力を超えて、弱い立場にある者を苦しめるしかないという現実を、消費者に是非理解して欲しい。近年大手スーパーは、バイイングパワーにものを言わせ、生産者の事情などは考慮せず、先ずは小売価格を決めて、マージンを引いた価格を一方的に生産者に要求してきた経緯がある。これでは生産者は再生産が不可能で、産地を衰退に追い込むことになる。生産者も流通業者も健全な経営が可能な国産農産物の適正価格での取引に努め、消費者もこれを受け止めることが、共生システムをつくることに結びつく。

二つ目のポイントは、「それぞれの社会的義務を果たす」である。現在生産者も消費者も社会的な義務を果てしているとは言えない側面が多い。生産者は政治批判をして自らの権利を主張するだけではなく、技術の向上と経営努力に日々取り組む必要がある。農地は天から預かった国の財産である。その財産を最大限活用し、栽培技術を研鑽してより安全でおいしい農産物をつくり安定供給する。共同化・大規模化・機械化・省力化などによりコストダウンを実現する。法人化などにより後継者を確保・育成する。これらは生産者の社会的義務であり、取り組まないことは社会への背信行為であると考える。流通業者は生産者の血のにじむような努力と農産物の価値を、しっかり消費者に伝える。消費者情報を生産者に伝え、豊作・凶作に関わらず長期的な展望に立って生産者をサポートすることが社会的義務である。そして消費者は、安全でおいしい国産農産物を購入できる権利を主張するだけではなく、生産者・流通業者の努力と農産物の価値に対して適性に評価し、産地の応援団となることが社会的義務である。フードチェーンに携わるそれぞれの主人公が、社会的に義務を果たすことが、共生システムをつくることに結びつく。

農業者は、TPPに対して日々恐怖し、戸別所得補償制度での日銭をもらって喚起していてはならない。農業者だけでは理想のシステムは出来ないが、先ずは日本の食糧自給を担い、美しい郷土の守り手である農業者がえりを正し、義務を遂行し、社会に堂々と主張していくことが重要である。そして、政治に振り回されるのではなく、国際競争力も兼ね備えた高度な農業経営を実現していきたい。

次回からは平成23年度の農業について、フードチェーンの各段階ごとに展望していきたい。近年、あらゆる流通段階で地殻変動が起きており、21世紀型産業への躍進に向けた大きな構造改革が進みつつある。消費が変わり、流通が変わり、産地も変わりつつある。地殻変動の現場を分析し、今後の日本農業の姿と目的達成に向けた道筋について述べてみたい。