第62回 | 2011.08.29

激動する卸売市場の展望 ~KAB研報告①~

去る8月26日(金)の夜、約30名が集い、第1回の「かながわアグリビジネス研究会(通称・KAB研)」を、流通研究所の1階会議室で開催した。ゲスト講師には、横浜丸中青果の岡田執行役員、横浜市場センターの濱本室長、そしてネット販売を手掛けるオフィスコリンの岡山取締役を招き、それぞれからお話を頂いた。その後は、県内の新たな流通の可能性をテーマに意見交換を行い、伊勢原市の細野さんがつくったアスパラガスとサラダ用紫なす、松田町の佐藤さんがつくった原木しいたけを試食しながら、賑やかな交流会を行った。本日は、研究会の報告にかえて、私が学んだポイントを紹介したい。

岡田さんからは、震災後の流通動向に関する講義を頂いた。放射能問題による風評被害は深刻で、福島県産の主要農産物は軒並み取引価格が急落しており、中でも8月中旬の「もも」の価格は、対前年比35.5%まで落ち込んだという。これに対し、生協やおいしっくすなどの宅配業者は、自ら検査を行い安全性を実証して、売上を伸ばしている。日本GAP協会では、生産者の農場を検査し、「合格農場」として第三者が認証する仕組みをつくっているが、いずれにせよ、安全性を数値で伝えることが重要だと話された。一方、マクロの経済指標を分析すると、小売業態では震災後もコンビニエンスストアの伸びが著しく、同業態での7月の消費支出は対前年7.1%上昇している。また、個食化は一層進展し、野菜・果実ともにカットしたものや一口サイズの包装形態が売り場で急増している。こうした動向を受け、「まいばすけっと」など、今後はコンビニと直売所のハイブリッドの業態が伸びると分析されていた。

濱本さんからは、横浜丸中グループが進めている藤沢の地方卸売市場を例にとって、民営化による卸売市場の展望について講義を頂いた。現在全国の中央卸売市場は約70か所、地方卸売市場は約1,200か所存在するが、特に地方卸売市場の減少は著しく、近い将来1,000か所を割り込むことが予想される。その一方で、東京青果や横浜丸中青果など、大手の卸売企業は売上を伸ばしており、市場外流通が拡大する中で市場再編が全国的に進んでいる状況が見て取れる。こうした背景を受け、現在中央も地方も生き残りをかけて、経営改革やあらたな市場機能の発揮に向けて動き出している。その手法の一つが民営化であり、かつて120億円の取引高が現在50億円にまで落ち込んだ藤沢市場は、横浜丸中青果の資本導入により現在再生中である。青果物卸売市場に加え、食品の大手卸である国分を誘致しデリバリー機能を強化するとともに、小売業態の転換や個食化などへの対応から、加工・パッケージング・店舗別の仕分けなどの機能を付加する方針で、総合食料・食品スーパーのようなイメージの市場にしたいという。

岡山さんからは、この藤沢市場における「湘南野菜」のネット販売について話があった。藤沢市場を運営する湘南青果では、約200名の出荷者を組織化し、「湘南野菜」ブランドを展開している。この組織は、藤沢市の生産者が中心になっているが、藤沢市場に持ち込むことを条件に市外の生産者も会員になることができる。岡山氏は他の産地でも青果物のネット販売に取り組んでいるが、ネット販売の場合、物流費が嵩むこと、決済サイトが長いことなどが課題であると考えていた。そこで卸売市場と提携してネット販売ができないかと考え、藤沢市場に出荷される「湘南野菜」のネット販売に取り組んだ。郵便局などとの連携により物流コストを引き下げ、市場が持つ決済機能を活用してサイトを短縮する仕組みをつくり、今年からテスト販売に踏み切った。生産者にとっては、市場流通と市場外流通の双方の販路を持つことになることに加え、「湘南野菜」のブランド力向上に寄与するものと考えられる。これまで敵対関係にあった、卸売企業とネット販売企業が連携する時代が到来したのだと、驚きを持って話を聞いた。

このように、市場流通は激動の真っただ中にあり、新たな生き残り策を模索している。その中で、神奈川県内の農産物流通はどうあるべきだろうか。KABSのメンバーの生産者は、皆若く、バイタリティがあり、日々技術の研鑽に取り組む篤農家達だ。その多くは、地元スーパーや直売所など、独自の販路を持っているが、必ずしも有利販売にはつながっていない。自分一人で生産も販売も力を入れることには、自ずと限界が生じる。しかし、JA共販や市場などのマス流通で、自分が精魂込めた自慢の農産物を安売りしたくない。個人ブランドを確立したいが、ある程度ロットがまとまらないと有利販売先の確保は難しいし、物流や決済の問題も横たわる。経営規模を拡大して企業的な経営を行ってみたいが、資金力もノウハウもネットワークも不足している。こんな矛盾を抱えながら、日々精一杯頑張っている。一方、個人ブランドの農産物、生産者の顔が見える農産物は、小売店でも飲食店でも求められている。県内の生産者と実需者を結び、生産者と地域農業が持続的に発展できるような仕組みづくりをすること、それがKABSの一つの使命だと考える。

県内の生産者と実需者を結ぶ手法の一つは、「湘南野菜」ブランドの取組に一つの答えを見出すことができる。地域ブランドの御旗を掲げ、消費者の需要喚起を図りながら市況に左右されない価格を維持していく。市場流通に加え、ネット販売などの市場外流通でも展開し、固定客を拡大する。そのためには、相応のロットが必要となることから生産者を組織している。藤沢市場ではその仕組みを作りつつあるが、まだまだ課題は多いようだ。

私が捉えた課題の1つ目は、品質・安全性をどのように担保するかである。「湘南野菜」は、出荷者協議会に入会した生産者が藤沢市場に持って来る野菜は、全て「湘南野菜」ブランドであるとしている。本来、ブランド化に成功しているJAの生産部会のように、品質の優位性が発揮できる品目に限定して取り組み、生産指導を一元的に行い高位平準化に努める必要があろう。ブランド化に向けては、生産者全員が一定の栽培方法と栽培技術を持ち、品質・安全性の維持・向上に努める必要があるが、市場ではそこまでの求心力を持ちにくい。

2つ目は、マス流通の中での生産者ごとの販路の確立である。都市型の農業が盛んな千葉県東葛飾地域では、Aさんはイオン、Bさんはマルエツといった具合に、市場が生産者ごとに、それぞれの販路を決めており、生産者個人のブランドで販売できるような仕組みをつくりあげている。「湘南野菜」自体の高値取引が持続し、出荷者全体が潤うようになれば良いが、高位平準化が実現せず、出荷者間の商品に品質差が生じてくると、技術力が高い出荷者からは不満が出る。賛否両論はあろうが、「湘南野菜」+個人のダブルブランドでの展開も研究の余地があると考える。

3つ目は、ネット販売事業での売上・利益の確保である。個人の顧客を相手にした商売は、当然ながらロットが小さい。オフィスコリンでは今年、販売単価2,000円の「湘南野菜」セットを限定500個販売する予定であるが、完売しても100万円の売上にしかならない。次年度以降は10倍、20倍の売上を目指すものと考えられるが、例えば手数料率20%としても、事業収支は厳しいものと考えられる。農産物のネット通販や宅配は全国で取り組まれているが、おいしっくすや生協のように、どれだけの固定客を掴むかが課題になると考えられる。

このたびの研究会は、大変勉強になったし、様々なことを考えるきっかけになった。3名の講師の方々には心からお礼申し上げたい。総括すると、①ロット取引と個人取引、①地域ブランドと個人ブランド、③市場流通と市場外流通という対極する選択肢がある中で、相互のメリット・デメリットを補完するような連携方策を確立できるかどうかが今後の検討テーマになると考えた。KABSでは、来年2月までの期間、毎月最終金曜日の夜6時から同様の研究会を開催する。次回は、直売所チェーンを展開する農業界の風雲児・岩井社長をお招きして、神奈川県の農産物流通のあり方について、違う角度から研究していく予定である。そして来年春には、KABSのメンバーとともに、神奈川型の流通システムについて、一定の答えを出していきたいと思う。