第165回 | 2013.10.29

減反政策の見直しは実現するか ~新たな農政を逆手にとれ!~

先日、政府の産業競争力会議の農業分科会で、減反政策(コメの生産調整)や交付金制度の廃止が提言された。提言では、減反について「農業の担い手の自由な経営判断を著しく阻害している」と指摘し、3年後に生産数量目標の廃止、減反に協力したコメ農家に10アールあたり1万5千円を配る「直接支払交付金」の廃止、コメの販売価格が大きく下がった場合に標準的な価格との差を埋める「米価変動補填交付金」の廃止、大豆や麦に転作する農家への「水田活用の直接支払交付金」の見直しを求めた。これに対し、農林水産省側は5年後をめどに減反廃止を含めた見直しを検討する考えを示した。

安倍政権は成長戦略の一つとして、「守りの農政」から「強い農家づくり」に軸足を移す考えを打ち出している。大規模農家に農地を集約したり、輸入米と競えるように生産費用を減らして安いコメを作れるようにしたりして競争力を高める方針であるが、コメの価格維持をねらう減反は、こうした方針と矛盾するものである。減反は長くコメ農政の柱になってきたが、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加などをきっかけに、競争を重視する方向を目指すものと考えられる。

減反政策は、戦後のコメ増産政策や食生活の多様化による消費の減少で1960年代後半にコメ余りに転じたことが契機となり、1970年に導入された。政府が毎年、主食用米の需給見通しに基づいて都道府県に生産量の目標を配分し、自治体が各農家に割り当てる制度である。過剰生産による価格の下落を防ぐことで零細農家や兼業農家を保護する一方、生産効率の向上につながる農家の規模拡大の妨げになっているとの指摘がある。

当初の減反政策は、目標未達の地域に対し翌年の生産目標を削減するなどの罰則があったことから、農村にさまざまなあつれきを生み、農家の生産意欲の低下につながった。そこで、政府は段階的に制度改革を行い、2004年にコメを生産しない面積を配分する「減反」から、生産量を配分する「生産調整」に変更し、2010年には罰則を廃止して減反に参加すれば補助金を支給する優遇措置に切り替えた。

しかし、1人当たりのコメの消費量は過去40年で半減し、米価は下がり続けている。また、コメ農家の平均耕地面積は約1ヘクタールにとどまり、コメ専業農家は4割に満たないなど、農業構造は変わらなかった。コシヒカリなど価格が高いブランド米の生産が優先され、主食米の流通の3分の1を占める外食・中食業界が求める業務用米が不足するなどの弊害も見られる。

政府は農家の規模拡大による競争力強化を成長戦略に掲げる中で、都道府県ごとに農地の利用権を借り受け、一定規模にまとめて農家に貸し出すための法案を臨時国会に提出する。平成26年度の概算要求では、「農地中間管理機構による集積・集約化活動」のために、1,039億円が計上されている。農地の集約・大規模化を後押しするためには、減反廃止を含めた農政全体の制度設計が求められている。しかし、減反を廃止する場合、農家の所得を維持し、農村を守るための有効な代替策を打ち出せるかどうかが焦点となる。

改革派の諸先生方の主張はこうだ。減反政策をやめれば、意欲的な農家が生産量を拡大することから、米価は大幅に下落する。米価が下がれば、零細農家・兼業農家は耕作をやめ、専業農家等への農地は貸し出され、農地の集約が加速する。専業農家等の規模拡大が進み、企業的経営が進展すれば、生産コストは下がり、米価が低くても経営は成り立つ。米価が安くなれば、消費が喚起され国内需要は拡大するばかりか、TPP参加を見据え、国際競争力を持った戦略商品として米を輸出できるようになる。政策的には、EUが農産物の支持価格を下げて直接支払を導入したように、価格支持政策から直接支払政策へと、世界的な農政改革の流れに従えばよい。

私は、現在の減反政策がよいとは思っていない。人口減少社会の中でさらに米の消費が落ち込み、零細な農業構造にドラスチックな変化が期待されない中で、現在の減反政策では、将来の農業展望を描き難いことも事実である。しかし、コメは単なる製造品目ではなく、経済理論だけでは推し量れない要素を持つ。コメ政策の変更が国体に及ぼす影響は、計り知れない。日本は、2,000年以上の歴史を持つ「みずほの国」である。産地と言われる稲作地帯はもとより、中山間地域でも、都市部でも水田が広がり、コメが生産されている。米を基軸に集落と社会が形成され、豊かな日本の文化・風土を築いてきた。全国で神社は約8万社あると言われるが、その8割以上は五穀豊穣を祈願する社であると言われている。

減反廃止により米価が例えば1俵9,000円になった場合、条件が不利な農地で引き続き稲作を続けていくことは困難が予想される。低価格でも経営が成り立つような、農地集積・大規模化ができる農地は、実はかなり限られている。現在全国の水田のほ場整備率は約6割で、残り4割の農地は、ほ場が狭い、農道が整備されていない、用排水施設が不十分である、といったいわゆる条件不利地である。中山間地域等直接支払の対象となる地域は、支払額を上乗せすることで、何とかやっていけるのかも知れない。しかし、交付金を受けられない、その他の条件不利地では、水田経営をあきらめざるをえないだろう。その場合、遊休農地が拡大して美しい田園風景はなくなり、稲作でつながっていた地域コミュニティは希薄化し、農村崩壊にもつながりかねない。

今後、JAや農村に票田を持つ先生方をはじめとした抵抗勢力の巻き返しは予想されるが、減反廃止の流れは止められないだろう。コメの生産調整などに充てられる「経営所得安定対策」の平成26年の概算要求額は、平成25年度と同様、7,186億円である。今後は、こうした予算が、減反廃止による米価低迷を補てんする交付金だけでなく、「みずほの国」を守ることを視点においた新たな制度設計に活用されることを期待したい。

そして、全国の稲作農家、農村、自治体は、減反廃止を前提とした準備を早急に始めよう。政府を批判し、嘆いていてばかりいても何もはじまらない。新たな制度設計のあり方を予想し、今からでもアクションを起こす必要がある。そのアクションの一つは、集落営農の強化と法人化、6次産業化、「農村のまるごと企業化」であると考える。将来像を見据えつつ、今後新設される補助金や交付金を、貪欲に活用し、段階的にかたちにしていくことが求められる。

新設される農地中間管理機構の仕組も活用しつつ、集落営農の強化を前提に、条件不利地の基盤整備を急ぐ。そして、集落営農の法人化により農地集積を加速し、大規模化を図る一方で、「米+α+β」の複合経営を目指す。「農の雇用事業」などを活用し、新規就農希望者や非農家を雇用し、経営の拡大と安定をめざす。さらには、企業出資型の農業法人への転換などにより、6次産業化ファンドの受け皿組織へと発展させ、農商工連携による新たなアグリビジネスを生み出していく。例えばそんな夢のような物語を描き、政策の転換を逆手に取り、時代の流れに乗ることを考えることはできないものか。

減反という40年以上続いた政策の転換は、全国の稲作農家に対し、「あなたは農業を続けますか。それともやめますか。5年間の猶予を与えるので、考えてみてください。」という問い掛けをしていることに他ならない。鍬を投げつけて、やめてしまうのは簡単だ。だが、その前にもう一度、大きな時代の潮流に立ち向かう勇気を持ち、雨にも負けず風にも負けず、土とともに長年戦い続けてきた農家魂を見せつけて欲しい。