第187回 | 2014.05.08

消費の時代的変化と発想の転換 ~東京大学大学院 中嶋先生からの教示~

先日、東京大学大学院農学生命科学研究科の中嶋康博教授のところへ、年度初めのご挨拶に伺った。中嶋先生とは、フードアクション・ニッポンの審査委員で長年ご一緒させて頂き、昨年度は流通研究所が農林水産省の補助を受けて実施した「バリューチェーン新展開構築事業」でも委員を務めて頂くなど、平素から懇意にしている。中嶋先生は、フードシステム学会の副会長でもあり、農業経済の分野では第一人者である。また、間違いなく、この国の今後の農政を牽引していく逸材である。

その中嶋先生から、目から鱗が落ちる様なご教示を頂いた。時代と共に大きく消費スタイルが変化する中で、その消費特性を踏まえた今後の農業のあり方はどうあるべきかについてである。詳細については、JC総研レポート/2012年春/VOL.21での論説「新しい時代の食と農を考える~ネオポストモダン型食料消費とオルタナティブフードシステム~」、JC総研レポート/2013年夏/VOL.26では「食べることから農業と農業政策のこれからを考える」に掲載されている。ホームページで見ることが出来るので、是非一読されたい。

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食品の消費には、図のように4つの分類があり、時代と共に、「耐乏生活」→「モダン型消費」→「ポストモダン型消費」→「ネオモダン型消費」へと変遷してきた。

戦後の「耐乏生活」の時代は、お金がないので消費支出は少なく、また物がなかったため消費の選択肢も少なかった。これに対し国は、増産体制をとり、市場法・食糧管理法、あるいは農業協同組合法などを定め、国民を飢えさせないための農業政策をとった。戦後の復興時の日本経済は急速に発展して国民は豊かになり、品数は少ないものの、たくさん買って腹いっぱい食べられるような「モダン型消費」の時代に移行した。つまり、米はたくさん食べられるようになったが、米以外に食べるものはなかった時代と言える。

その後の高度成長期では、多様な食が開発・生産され、消費者が幅広い選択肢の中で食べる商品やサービスを選ぶことが出来る時代になる。経済的な豊かさは、贅沢を招き、多少価格は高くても、好きなものを好きなだけ食べられるようになった。スーパーも外食産業も、こうした時代背景の中で進展したし、日本の農業も大いに発展した。食の選択肢が増え、かつ支出額も増える。これが「ポストモダン型消費」である。

しかし、バブル経済崩壊を契機に、消費動向は大きく変化する。長いデフレの時代を経て、慎重な購買行動をとるようになり、十人十色と言われるほど価値観は多様化した。消費者は総じて安いものを求めるようになったが、価値があるものと認めたならば、価格が多少高いものでも購入する。限られた予算の中で、最大の満足を得たいという考え方である。中嶋先生は、こうした購買行動を「賢い消費」と呼ぶ。支出額は減少する一方で、消費者の多様な価値観に対応するため、商品・サービスの開発はさらに進み、消費の選択肢は無限大に拡大していく。これが「ネオポストモダン型消費」であり、現在進行中である。

名古屋大学大学院の生源寺先生は、現在の食には、「絶対的な必需品」と「高度に選択的な財」という両極端の特質が同居していると言われている。「絶対的な必需品」としての食とは、生きるための食であり、人にとって欠かせないものである。一方、「高度に選択的な財」としての食とは、楽しむための食であり、豊かな生活を形成するものである。「ネオポストモダン消費」が成熟しつつある現在、「絶対的な必需品」はより安く購入したい、「高度に選択的な財」はさらに自分が価値を認めるものを選びたいと言う消費行動が顕著化しつつある。そして、人口減少もあいまって、食のマーケットは徐々に縮小しつつ、総じて後者が前者のシェアを食うといった構図が明らかになりつつある。

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大手スーパーは今後、PB商品を一層強化する方針である。専門店は、多様化しつつも健在である。「オイシックス」や「大地」のように、ブランド化した農産物を消費者に宅配するビジネスはさらに成長しつつある。一方、大量生産と大量販売を担ってきた、JAグループ及び全国の卸売市場は衰退に歯止めがかからない。これは、消費は時代と共に大きく変化しているにもかかわらず、「モダン型消費」、「ポストモダン型消費」といったひと昔前の消費に対応したビジネスから脱却できないでいることが大きな要因であると考えられる。

現在、神奈川県内の若手農家が自信と責任を持って作った逸品を直売するKABSという自主事業を行っているが、この取組みを通して、中嶋先生のおっしゃることを実感している。消費者は、価値あるものを求めている。価値を認めれば、多少高くても必ず買っていく。例えば、うちの主力出荷者の細野さんがつくるアスパラガスは、毎回入庫して3時間で売り切れる。独自の土づくりに加え地上5センチのところでカットして収穫していることから、根元まで全く筋がなく、味が深く濃く、都内の三ツ星レストランと契約栽培を行う絶品である。「高度に選択的な財」である「金次郎野菜の価値」は徐々に浸透し、ファンは確実に拡大している。

系統出荷・市場流通を核とした現在の流通構造は、「絶対的な必需品」としての食には依然不可欠な仕組みではあるが、需要が拡大する「高度に選択的な財」としての食に対する適切な戦略をとっているとは言い難い。では、今後のJAは、卸売市場は、そして小売業は、今何をするべきか。私は先ず、消費が時代と共に大きく変わっていると言う現状認識をしっかり持つことから始めるべきだと思う。昭和の時代に儲かったやり方が、いつまでも長続きする訳がない。昔の幻想を抱いていて同じ商売を続けていては、時代に取り残されてしまうのは当たり前である。

その上で、「ネオポストモダン型」消費に対応した新たな流通システムや、具体的な戦略を打ち立てていく必要があろう。中嶋先生は、これまでのノウハウの蓄積を活かした少量多品目の流通機構の構築と情報コミュニケーション技術の活用などを、その一つの答えとしてあげられている。中嶋先生の教えを受け、私もいくつかの具体的な戦略がひらめいた。もったいぶる訳ではないが、アイデアレベルでの話では説得力がないので、実証的な取組みを踏まえながら、別な機会に記載していきたいと思う。