第117回 | 2012.10.22

水産業の農商工連携における実践事例 ~青森県農商工連携リーダー育成事業~

今年3回目となる、青森県主催の青森県農商工連携リーダー育成研修会が、むつ市で開催され、講師として招かれた。この研修会において、漁協が取り組む農商工連携事業という興味深い取組を聞くことが出来た。国内の漁業就業者は20万人を切り(農業者は260万人)、うち40%が65歳以上の高齢者である。一方、漁協の数は2,200も存在するが(農協は800)、農協とは異なり、ほとんどの漁協で経営状態が悪く、今後も組合員が大幅に減少することが予想される中、合併等により根本的な経営改善が求められているのが実状である。

発表者は、尻屋漁業協同組合の川島組合長で、「国内向干しあわび『ふくあわび』事業」についてお話を頂いた。本州の最北端にある青森県は、漁業が盛んな地域である。陸奥湾では、ほたての養殖やひらめ、太平洋岸ではいかやさけなどの漁業が盛んなことに加え、「大間のまぐろ」のようなブランド産品を産する地域である。尻屋漁業協同組合は、青森県下北郡東通村にある、組合員数75名の漁協で、いか、こんぶ、さけ、たこなどを主な出荷品目としている。

ここで漁獲される天然のえぞあわびは、とても面白い流通形態をとっている。えぞあわびからつくる干しあわびは、中国では高級品として高く評価されており、その取扱は通貨として例えられ、「乾貨」と呼ばれている。「ふかひれ」、「つばめの巣」と並び、中華料理の三大高級食材とされている。200gを超えるLサイズのあわびは、国内で干しあわびとして加工され、その全量が中国に輸出される。尻屋地区でも江戸時代からの輸出品であった。つまり、干しあわびは、国内の中華料理店でも多く取り扱われているが、国内で生産されているにも関わらず、日本では逆輸入でしか入手できない稀少品である。

20%程度しか漁獲できない200gを超えるLサイズのあわびは、尻屋漁協で干しあわびに加工され、他産地同様全量中国に輸出される。漁獲量の約20%を占める150g以上のMサイズは、中国向け干しあわび、または国内向け活あわびとして出荷される。しかし、漁獲量の約60%を占める150g未満のSサイズは、干しあわびとしてのニーズがないため、活あわびとして出荷され、価格も1,000円程度と安値で取引されることになる。特に、漁獲量の約30%を占める長さ9.5cm未満の天然あわびは、価値がほとんどない。

そこで尻屋漁協では、これらの価値がない小さなあわびを活用して、国内では流通していない「干しあわび」として商品化し、自ら販売する事業に取り組んだ。20年ほど前から尻屋漁協でも干しあわびの加工事業に取り組んできたが、小さなサイズの商品開発には、新たな技術が必要であった。

経済産業省の支援を受けながら、東京を中心として全国20店舗以上の中華料理店を展開する株式会社南国酒家がパートナーとなり、共同開発に取り組むことになった。「農商工連携事業計画」の認定を受け、これまで日本になかった国内向け高級干しあわびが誕生した。その姿かたちが、黄金色の小判のように見えることから、食べて頂く方に「福」と「富」をもたらすというイメージで「ふくあわび」と命名した。

2011年は、経済産業省の補助金を活用し、Sサイズ干しあわびの生産、干しあわびを利用したメニューの試作・開発に加え、ホームページの作成とマスコミ向けPR事業を実施した。その結果、多くのマスメディアに取り上げられ、商品としての認知度が向上した。2012年5月以降、南国酒家では、「ふくあわび」を使用したコース料理をメニュー化し、好評を得ている。

この事業に取り組むことで、安定した収益確保と雇用増加を目指している。今後の取組課題は、干しあわびの量産化、販路の拡大であり、今まで国内では流通されなかった干しあわびを全国で定着させることを最終目標として掲げている。

干しあわびは、選別→塩漬け→ボイル→洗浄・冷却→紐つけ→天日干しという製造工程をとる。尻屋漁協には、20年間の製造技術の蓄積はあったが、その多くを職人の技に頼ってきたのが実状である。そこで今後は、マニュアル化により量産化を進めていく方針である。

販路については、中華料理店に加え、フレンチやイタリアンなどの高級レストランへも拡大して行く方針で、今年度は雑誌など各種広報活動に力を入れており、来年度の販売目標を4,100万円としている。なお、将来販売先が拡大した場合、大間町など周辺市町の漁協にも働きかけ、広域でのSサイズの原料あわびの安定調達にも取り組んで行く方針である。

この農商工連携の取組では、2つの点を評価したい。1点目は、マーケットが存在しないところに、新たなマーケットを創造しようとしたことである。逆輸入という方法で、国内でも食材として利用されているのは事実であるが、中国とは食文化が異なる日本で、どこまで干しあわびが定着するのか不透明であった。その中で、小型の「ふくあわび」と言う商品で、需要開拓にチャレンジして行こうとする取組は斬新である。

2点目は、南国酒家と言うパートナーとの共同開発と言う手法をとった点である。南国酒家と言う確かな販路を確保できたことに加え、多くのマスメディアでも取り上げられたことでも分かるように、その広告宣伝効果は絶大である。また、有名な飲食店は、産地にとって効果的な情報発信拠点となることを証明した事例と言える。

難しいと言われている漁協間の連携による広域での原料調達や、ノウハウが少ない中での販路開拓など、まだまだ課題は山積みであろう。全国的に低迷傾向にある漁協経営に一石を投じる意味でも、今後の事業展開に大いに期待したい。