第46回 | 2011.05.11

次世代の担い手を育てろ! ~育成すべき担い手像と階層別支援策の明確化~

このゴールデンウィーク中、流研では、毎年恒例になっている社員旅行に行ってきた。社員全員参加で、まずは純粋に疲れた頭を空にして、みんなで楽しもうというのが趣旨だ。今年は山梨県の山中湖に宿をとり、富士山を一周する工程だった。私の強い希望で、スポーツのプログラムが毎回盛り込まれており、今年はバドミントン大会が行われた。そして深夜まで飲み会が続く。二日間、徹底してコミュニケーションすることで、親睦を深めるだけでなく、新しい年度に向けて、みんなで何かを生み出そうという狙いがある。今回も、思い切り笑い、汗をかきながら、次の行動を模索するための良い機会になった。流研のスタッフは皆若い。社員旅行を通し、彼ら一人ひとりが流研の次世代の担い手であり、確実に成長していることを実感し、とても嬉しく思った。

社員旅行に行く前に、私は立て続けに二本の企画提案書を書いた。その一本は、県内の農家を育成するための、「くまもと農業塾」の開催にかかわる企画書提案書だ。過去3年間流研では、栃木県と千葉県、山梨県などで同様の担い手育成事業を行い、それ以前にはアグリビジネススクールに活用したテキストづくりなども行っている。その実績・ノウハウと、「地域の担い手はこのように育てるべし」という私の強い思いを込めて企画書を書き上げた。プロポーザル方式であることから、結果は分からないが、その企画内容には大変満足している。今後も流研は、全国の担い手育成事業を支援していくと思うが、改めて担い手育成のあり方について、私の考えを整理できたと思う。

育成事業の推進に当たっては先ず、その地域における担い手像と目標を定めることから始めるべきである。その作業が事業の目的とコンセプトを明らかにすることにつながる。自治体の担い手育成事業と言うと、平等主義という大義名分から、広く浅いものになりがちであるが、これでは成果は上がりにくい。20代の意欲に燃える専業農家と、60過ぎの小規模帰納農家を一緒にくくってプログラムを組んでも、効果的な人材育成は難しい。

千葉県では、年間売上3,000万円以上の農業を牽引する「アグリトップランナー」を育てることをコンセプトに据えた。山梨県では、耕作面積10ha以上かつ売上1億円以上を実現できる大規模農業法人の育成を目標に据えた。実際の受講生は、その目標にかなり遠い者もいたが、目標を明らかにすることで、受講生の心構えも変わってくるし、目標達成に向けて絞り込んだ研修プログラムも組める。一方、栃木県では、「直接取引」を共通したテーマに掲げた。主要野菜の55%が加工・業務用途であること、栃木県では直接取引が立ち遅れていることに着眼して、直接取引を推進できる人材の育成を目標とした。そのため、研修プログラムは、直接取引の具体的手法に重点を置いた内容となった。

その人材が地域農業のリーダーとなり、あるいは成功モデルとなり、地域農業全体の活力向上に結びつかなければ、自治体が公費を投じて人材育成事業を行う意義はない。もちろんトップ人材を育てることだけが人材育成事業ではない。現在全国で拡大している市民農家育成講座も重要であるし、直売施設へ出荷する高齢農家などを対象としたトレーサビリティ研修も大いに意義がある。ここで大切なことは、「階層別支援」という考え方を持つことだ。育てたい担い手像とその目的を明確にするとともに、優先順位と予算投下の力点について、地域全体で合意形成を進めることが極めて重要になる。

私としては、今最も力を入れるべき育成事業は、次世代を担うトップ人材を育てることにあると考える。流研でも同様なことが言えるが、突き抜けたトップ人材を育てることが、組織の発展と社会への貢献につながることは間違いない。ましてや農業構造がドラスチックに変貌する昨今、時代を切り拓いて行く人材の育成が喫緊の課題になっている。こうした人材が地域農業を牽引しなければ、産地全体の地盤沈下は免れないだろう。では、トップ人材の育成に必要な育成プログラムとはどのようなものであろうか。私は「経営学とマーケティング」を核としたプログラムであると考える。

農業を力強い産業に転換するためには、農家を企業家に転換する必要がある。農家は、一人ひとりが、自ら考え行動し生きる糧を得ていく経営者である。しかし、経営者として必要な基礎知識と自覚を持つ農家は多いとは言えず、これが産業としての発展を阻んでいる要因と言える。経営とはあくまで自己責任であり、うまくいかなかった理由を自治体やJAに押し付ける農家は経営者とは言えない。では、農家を経営者に換えるための具体的な研修プログラムには何が必要だろうか。それは、経営基本管理、財務管理、労務管理、生産管理の4つである。経営基本管理では、経営理念・経営目標・事業領域・行動指針を明らかにし、目標達成に向けて5年間の道筋を明らかにする能力が求められる。財務管理では、日々の会計業務に加え、決算書や資金繰表などを作成する力を身につけたい。労務管理では、労働基準法を核に、人材の採用・賃金管理・要員管理などの能力が求められる。生産管理では、ひと・もの・かね・農地という経営資源を活用し、最大の利益をあげる手法、最小のリスクにとどめる手法を確立していきたい。全てを一人でやることはできず、会計士など専門家との連携が重要であるが、経営のへそとなる部分は自ら習得して行かなければならない。研修では座学が中心になろうが、本屋には定期的に通う、新聞は毎日を読む、テレビで特集を見る、ネットで情報を得る、あるいは先駆者達の話を聞くなど、情報を貪欲に収集し、自らの経営を考え、少しずつ実践する癖をつけることが大切である。

もう一つの研修の柱は「マーケティング」である。平たく言えば、「つくるだけの農業から売るための農業への転換」である。これまでの農業は、つくることは得意でも、自分がつくった農産物が、どこでどのように販売され、どのように評価されているのか分からなかった。これまでの農家は、こうした努力が希薄であったと言える。系統流通、市場流通を否定している訳ではない。しかし経営者である限り、つくった農産物を買う実需者、食べる消費者のニーズを知って、それに応えるものづくりのために日々努力を重ねるというマーケティング理論は不可欠である。JAを核とした共選共販に力を入れつつも、直売・直接取引などを併せて進め、自ら自分の顧客にたどりつくことが重要である。矛盾しているようにも思えるが、経営者として自立した農家の集団がJAの組合員組織であり、こうした組織が真の産地形成を実現できると考える。

経営者としての次世代の担い手を育てよう。それが地域にとって、組織にとって、持続的発展を確約する最も大切な取り組みである。