第214回 | 2014.11.17

未来はきっとイグなる! 震災を乗り越え未来を創る ~(株)イグナル・ファーム 阿部社長の講演より~

先日開催された仙台圏域園芸特産品振興研修会において、(株)イグナル・ファームの阿部社長とご同席させて頂いた。私の基調講演に続き、阿部社長から「震災を乗り越え園芸品目での生産拡大を目指して」というタイトルで、講演を頂いた。阿部さんは何度もマスコミに登場している有名人であるが、そのお話を直接聞いて、非常に感動した。

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(イグナル・ファーム阿部社長)

イクナル・ファームは、東日本大震災の発生から6カ月後の平成23年12月に設立した。東日本大震災は、阿部さんが住んでいた東松島市の人々の、尊い生命、財産、仕事を奪い、農地や園芸施設にも壊滅的な被害を与えた。その惨状は筆舌に尽くしがたく、阿部さんもまた、愛する家族を失われた。東松島市だけでも、死者は1,078人、行方不明者42人、全壊・半壊などの家屋約12,000棟という惨状だった。東松島市は、農水産業が主要産業であり、振災前は、稲作、園芸作物、露地野菜の産地であったが、津波被害が甚だしく、地域の農業・農村の約半分は崩壊した。

絶望感が蔓延する中で、同じように家族を失った若者4名が、立ち上がり設立したのがイグナル・ファームだ。「イグナル」は方言で「よくなる」という意味で、こんなどん底の中でも頑張れば、未来はきっとよくなる、共によくなろうという思いを込めて設立した。大震災によって、家も農地も家族も失うという逆境の中で、未来を見つめて歩み出した4人の若者達の決意は、並大抵のものではなかったであろう。

イグナル・ファームの立ち上げるにあたっては、4人で何度も話し合い、経営理念を定めた。その基本的な考えは、以下のようなものであった。
①自分たちの復興を最優先する。
②若手農業者の離農を防ぐ。
③震災前の家族経営より戦略的な農業生産を行う。
④東松島市の一次産業を取り戻す。
⑤宮城県の食文化を守り・作る。
これらの考えを踏まえ、「お客様と共に、地域と共に、自然と共に、社員と共に、会社と共に、未来はきっとイグなる!」を企業理念として定めた。

設立後、イグナル・ファームは、地域の被災者の雇用、離農した農家からの農地の借受、大学との連携による人材育成などに取り組んだ。そして設立から3年、現在の役員・社員は9名、パートタイマーは29名の会社に成長した。経営面積は、ハウスが約3ヘクタール、露地が0.6ヘクタールで、生産品目は、きゅうり、ミニトマト、いちご、ねぎなどである。4名の役員がいずれも地域で腕利きの農家であったこと、歯をくいしばって頑張ってきたこと、多様な人々に支援を受けたことなどにより、この農業法人は短期間で急成長を遂げた。

イグナル・ファームの農業経営における最大の特徴は、グローバルGAPを取得していることだ。グローバルGAP取得のために、約1年を要したという。日々の生産管理はもちろん、水洗トイレ・シャワー室の設置など、合計286項目のうち9割以上をクリアしないと取得できない。震災復興を本気で目指すためには、国際基準を一気にクリアしようという強い意思が背景にある。JGAPは一般化しつつあるが、グローバルGAPの取得はイグナル・ファームが日本では5件目で、まだまだ普及途上にある。日本では、グルーバルGAPの取得まで求めている小売店は少なく活用しきれないなこと、JA出荷では商品のシリアル番号を入れた流通が出来ないことなどが、日本で普及が進まない要因と言える。

しかし、グローバルGAPを取得したことで、イグナル・ファームの信用力は飛躍的に拡大した。また、先進的取組を行う松本農園のプロジュース支援を受け、クラウドを活用した総合的な農場管理システムも構築した。それまでは、どちらかと言えば復興支援という大義名分が先行するかたちで、ローソンやイトーヨーカ堂などとの取引が成約してきた。しかし、グローバルGAPの取得により、実力と信用力を併せ持つ農業法人として認められたことで、事業は比較的拡大を遂げることになる。

こうした取組を評価し声を掛けてきたのが、世界一の小売企業である米国のウォルマートだ。ウォルマートは国際企業であることから、当然農産物にも国際基準を求めてくる。その結果、傘下の西友、及びコストコと本格的な取引が始まり、今後も取引数量は大幅に拡大する見込みだ。また、こうした状況を見て、国内の小売店からも引き合いが殺到しているという。現在は、需要に対し生産・供給が追いつかない状況である。

イグナル・ファームのコンセプトは、「未来永劫‐そのために僕達が考えること・出来ることをやり遂げたい。未来につながる橋を架けたい」というものだ。そして「モノ創りの精神と技術を後世に伝えたい。また、そこから新たな物を生み出す人物を育てていきたい」という夢を描いている。振災は、私達の想像を上回る傷跡を、被災地に、そしてそこに暮らしていた人々に残した。地域の復興は、心の復興である。どん底、絶望の中から立ち上がり、挑戦し続ける東北の地で働く若手農家達に、大きなエールを送りたい。震災から3年が経ち、彼らは誰よりも力強く、確かな道筋を歩み出した。未来はきっとイグなる!イグナル・ファームの本当の挑戦は、まさにこれからが正念場だ。