第141回 | 2013.04.22

日本農業は本当に強いのか? ~週刊ダイヤモンド農業特集より~

週刊ダイヤモンドでは、これまで何度も農業特集を組んでおり、いつも興味深く読ませていただいている。この度も、「実は強いぞ!日本の農業」というタイトルで、30ページに渡る特集記事が掲載されていた。その内容は毎回高度化しており、緻密な取材を積み重ね、日本農業の課題を的確に捉えた内容となっている。非常に優秀なレポーターと編集者がいるのだろう。威張る訳ではないが、述べられていることの8割程度は、私が講演会などで日頃話すことと同じである。但し、いくつかの異論もある。今日は、週刊ダイヤモンドの農業特集を読んだ感想文をつづってみたい。

この度の特集は、プロローグが「『農業は成長産業』と見つけたり」、パート1が「企業が生む付加価値」、パート2が「農業企業家が拓く」、パート3が「都会にある潜在自給力」、パート4が「成長を抑制するJA」、そしてエピローグは「TPPで農業を伸ばす」という構成になっている。世界第5位の農業大国である日本では、味覚や安全性に厳しい消費者に鍛えられ農産物の品質競争力は高く、気勢と想像力に富んだ農業企業家がどんどん生まれつつあり、減反などの抑制策やJAなどの既得権益を跳ねのけ、アジア・太平洋市場を取り込んで新たな成長を目指している、といった内容だ。

特集記事をもう少し丁寧に見てみたい。プロローグは、いわゆるTPP議論だ。記事では、今後国内需要が縮小する中で、TPPに参加し、自由貿易を促進することで、競争力のある農産物を海外にどんどん輸出して、農業を成長産業に転換させるべきだという主張が書かれている。市場を開放しても、品質が高いコメはそんなに大きな打撃を受けないし、むしろ戦略的な輸出品目となるなどとしており、概ね推進派の一般的な見解である。

私はこの議論でいつも思うのだが、貿易自由化により、どの品目をどこの国にいくらの価格でどれだけ輸出できるのかと言った具体的な分析が不足しており、関税撤廃による自由化という総論が勢いのみで語られることに憤慨を感じる。関税を撤廃した場合、輸入品と品質差がない砂糖、でんぷん、小麦などは国産品がほぼ100%消滅する。価格差が顕著な豚肉・牛肉などはブランド品しか残らないだろう。コメは自由貿易後、輸入米の品質向上が急速に進むことから、3割減程度ではとても済まないだろう。いずれにせよ、国内農業が大打撃を受け、多くの農村が崩壊することは明らかである。その上で、どこの国が何をどれだけ買ってくれるのかという分析は、誰も示そうとしない。

弊社の研究員が香港へ調査に行き、その実態を分析してきた。香港の日系百貨店には、国産の農畜産物が数多く品揃えされている。しかし、香港でさえ、ローカルスーパーでは、価格が恐ろしく高い国産品などは全く扱っていなかったという。つまり、非常に小さなマーケットで、日本の各産地同士が棚の取り合いをしているだけというのが、農産物輸出の現状である。

TPPには参加しない中国の巨大マーケットを狙えばよいなどと安易なことをいう人が多いが、中国が輸入を認めている日本の農産物は、りんご、梨、茶、コメの4品目のみで、どんなにおいしいトマトを作っても中国に輸出出来ない。環太平洋諸国の経済発展とともに、国産農産物の輸出は徐々に伸びていくだろうし、そのための努力は必要だ。しかし、今後20年かかっても国産農産物の輸出量は、現在の国内生産量の1%に満たないだろう。推進派の方に問いたい。いったい、どの品目をどこの国にいくらの価格でどれだけ輸出できるというのか。その答えと根拠を教えてほしい。この問題だけでエキサイトしていては、この度のコラムの趣旨から逸脱してしまうので、このあたりで切り上げたい。

パート1は、農業への企業参入の現状・課題の分析である。記事では企業参入の成功のポイントとして、いかに確実に売るかという出口戦略を構築すること、過剰な初期投資を抑え再投資可能な利益を生み出す事業スタイルとすること、地域の農家と良好な協力関係を築くこととしているが、これらは全く同感である。企業力・財力にものを言わせ、立ち遅れている産業とういう上から目線で参入した企業はことごとく失敗した。農地法改正により農業への企業参入は急増しているが、近年は、これまでの反省を踏まえ、農家と共同で会社を設立したり、地場密着型の事業展開をしたりして、成功を収めつつある企業が増加傾向にあると言う。企業は地域にとって重要な担い手となるだろうし、既存の農家にとっても農業経営の革新に向けた貴重なパートナーになる。企業と農家・農村が共存共栄する社会の到来に向けた、確かな足音を聞いたように感じた。

パート2は、千葉の「沼南ファーム」、新潟の「穂海」、熊本の「木ノ内農園」など、大規模化、複合化などにより、独自戦略を展開する全国のアグリトップランナー達のレポートである。それぞれが、独自の視点で、海外市場を含めた新たなマーケット開拓にチャレンジしており、気鋭の農家たちが目指す方向性が示されている。併せて、6次産業化ファンド、県などが取り組むアグリスクール、さらには青年就農給付金制度などについても詳述しており、資金確保、人材育成面の支援策の充実により、大規模化・複合化を目指す農家を後押しする環境が整いつつあることがよくわかる。ここで気になるのは、海外進出を目指すトップランナー達の多くが、農産物を海外に輸出するのではなく、海外に生産拠点を移転し、移転先もしくは日本向けに販売するビジネスを進めていることだ。香港でも、韓国産と価格差が2倍もある国産いちごは勝負できない。日本の農家が国際舞台に進出していくことは素晴らしいことであるが、拠点が海外に移っては、国内に雇用は生まれず、下手をすると日本の農業を衰退させる結果になりはしないかと懸念する。

パート3は、都市農業の多様な可能性についてのレポートである。農家開設型の農園利用方式による体験農園が急増していることに加え、援農により地域農業を維持・発展させようとする取組も活発になっているという。都市農地が住民にとって貴重な共有財産であるという認識や、都市部住民の農業に対するあこがれの気持ちが高まる中で、農家と住民によるコミュニティビジネスが全国で生まれつつある。日本の耕作放棄地40万haのうち、8万haが都市的地域に存在するが、この半分が体験農園に転換されれば8千億円の生産額を生み出し、国の食料自給率は5.9%高まるといった興味深い分析も記載されている。いずれにせよ、消費者と生産者の距離が近い都市農業では、多様なビジネスモデルが考えられ、今後大いに発展する可能性を秘めているといえよう。

パート4は、TPP反対の急先鋒であるJA批判である。反対の理由は、農家のためではなく自らの組織維持にあり、JA・自民党農林族・農林水産省の農政トライアングルが、それぞれの利権を守るための保守政策を進めており、これが日本農業の発展を阻害しているという、山下先生に代表される理論展開の内容が記載されている。何度も書いているが、私は、例外なき関税撤廃には断固反対である。また、かなり熱心なJAファンでもある。しかし、JAの機関紙とも言える日本農業新聞の、ここ1年あまりの記事には辟易している。TPP交渉参加反対だけを一面に記載し続ける日本農業新聞は、もはや公益的な役割を果たす新聞とは言えないし、かつての「赤旗」と一緒だ。意欲の高い農家のJA離れをさらに加速させ、国民に既得団体としての印象を植え付ける結果になってしまう。

JAは、地域にとって依然不可欠な存在である。農業に参入する企業や大規模農業法人も(准)組合員に加え、販売事業も購買事業も、これまでのやり方にとらわれることなく、地域農業の新たな扉を開く中核的組織として、大きな存在になってもらいたい。そのためには、TPP交渉参加反対を声高に叫ぶだけでなく、強い農業づくりに向けた具体的な取組や、その取組を進めるための政策交渉などに力を入れるべきである。既に、准組合員数は、組合員数を上回っているし、高齢化により正組合員数は今後急速に減少することは明らかである。こうした環境の中でJAが生き残るためには、さらなる自己改革を断行し、時代性にあった構造への地域農業の変革を促し、「農」を核にJAしか出来ない事業展開により地域住民に愛され信頼される存在へ再生するしかない。

エピローグでは、関税撤廃というショックがなければ、日本の農業は変わらないと締めくくっている。現在のJAの姿勢を見ると、こうした主張を持つ人が多くなっても仕方ないだろう。

日本のコメは、関税撤廃で国産価格が下がって国際競争力がつき、中国の富裕層を対象に、戦略的な輸出品目になるし、日本の農業は実は強いという。私は、国際的な競争に勝てるほど、日本農業は強くないと思う。日本の農業の本質は、地産地消、国産国消で成立している産業である。輸出競争力を持つためには、輸出経費を含めて価格競争力を持つことが大前提で、品質の高さだけで基幹的な輸出品目になりえる訳がない。農産物は、ブランド力がものをいう貴金属ではなく、単なる食べ物だ。スケールメリットで勝負できない穀物類、飼料を輸入に頼らざるを得ない畜産物、品質差が全くない砂糖、現状でも生産コストが高く加えて莫大な輸出コストがかかる野菜などに、国際競争力がある訳がない。

週刊ダイヤモンドの特集は、今後日本の農業を少しでも強くしていくためのヒントは満載されており、とても参考になった。しかし、農業を知らない一般的な読者に、間違ったイメージを刷り込むような表現は控えて頂きたいと感じた。