第170回 | 2013.12.09

日本人の主食・米のゆくえ ~米政策見直しで考える米の将来~

私も長い間、農業のコンサルタントをやってきたが、最近の国農政の転換に関わる記事が、新聞紙面をこれほどにぎわすのを見るのは、はじめての経験だ。まさに週替わりで、次々と新たな政策が打ち出されており、現場を預かる市町村職員やJAの担当職員はもとより、当事者である稲作農家や集落営農の構成員たちは、目を白黒させているだろう。

11月26日に、農林水産業・地域の活力創造本部が決定した米の見直し政策の骨子は、これまでの10aあたり15,000円の固定払いの米の直接支払交付金を、来年は半減させ、2017年までに廃止する一方、飼料米は数量払い制度を導入し、最大10aあたり105,000円まで助成額を拡大するというものだ。米の国内消費量が年々減少する中で、減反政策廃止に伴い、新たな流通量を抑制する仕組みを導入しようという狙いがある。

飼料米については、潜在需要が450万トンもあるにもかかわらず、現在の生産実績は20万トンに過ぎず、無限大のマーケットがここに存在するという。ちなみに平成25年度の米の生産量は860万トンであることから、その半分以上を家畜のえさとして販売できる計算になる。今後、日本人の米の消費量が減少し、飼料米の生産・流通が進むと、米は人が食べるものというより、家畜が食べるものと思うような時代が来るかもしれない。

飼料米に破格の助成金が出るのであれば、米農家の多くは飼料米をつくりたいと考えるだろう。しかし、いくつかの問題がある。一つ目は、受け皿である畜産業が、今後も維持・発展できるのかという点だ。現在TPP交渉は真っ盛りであるが、関税撤廃により、豚肉・牛肉の輸入が自由化された場合、国内の畜産業のダメージは計り知れない。畜産業が衰退してしまえば、飼料米の売り先も減り、前提条件自体が崩れることになる。

二つ目の課題は、流通・販売対策だ。先ずは産地での貯蔵体制を考える必要がある。大型産地でJAなどがカントリーエレベーターを持っているところは、サイロの2~3基を飼料米専用に振り分けるなどして、臨時措置を打つことはできよう。一方貯蔵施設が小さい産地などは、どのように保管したらよいのだろうか。流通上非効率であるが、主食米同様、米袋に詰めて倉庫の片隅にでも置いておくしかない。また、保管した飼料米を誰がどのように畜産農家まで運ぶのか、現在畜産農家は飼料内容や配合方法が決まっている中で、どれだけの量の飼料米を使ってくれるのかなどの疑問もある。既にいくつかの産地では、耕蓄連携による流通の仕組みは出来ているが、この仕組みを全国に普及させるには、相当の努力が必要になろう。

三つ目の課題は、飼料米の収量アップの実現性だ。この度導入される制度は、飼料米の作付面積ではなく収量に応じて助成金が支払われる仕組みだ。主食米と同等の収量(8.8俵/10a)の場合の助成金は、10aあたり80,000円、それ以下は収量に応じて55,000円まで下がる。直播などによるコスト削減は出来ようが、耕作条件が悪い中山間地域では不利で、必ずしも主食米を上回る収量は確保できないようだ。

さて、次に、主食用米のゆくえについてである。先に日本経済新聞が実施した消費者アンケートでは、「輸入米についてどう思うか?」という質問に対し、「抵抗感が強い」が42.8%、「多少、抵抗感がある」が36.9%、「あまり抵抗感はない」が15.5%、「全く抵抗感はない」が3.7%という結果が示されていた。問題は、この数字をどう読むかである。国民の8割が輸入米に抵抗感を感じていると言えば聞こえは良いが、価格や品質次第では国産米より輸入米を選択する可能性がある消費者が、過半を占めていると分析できないだろうか。

一昨年は、全体的に米価が上昇する中で、低価格の業務用米が不足した。その結果、強制的な米の輸入枠であるミニマムアクセス米を活用した外食店なども多かったが、消費者からは大きな不満の声は上がらなかった。輸入米も、野菜や果実と同様、安全と品質の担保が得られれば、日本人に受け入れられるようになるのでないかと考える。特に牛丼チェーンなど、低価格を売りにした外食業態では、むしろ積極的に輸入米を受け入れ、さらにメニュー価格を下げて、輸入米に抵抗感を感じない層を取り込んでいくような動きをする可能性が高いと考える。

減反廃止で、米の価格はどうなるのであろうか。農林水産省には明確な試算があるのであろうが、数量統制・需給統制をしない以上、その価格がどこまで下がるのか不透明である。価格が下がり助成金も出なければ、小規模農家は残らない。大規模農家への農地集約は進むであろうが、米価下落を前提に農業経営を行うためには、作業効率が良い優良農地しか集積の対象にしないであろう。そうなると、平坦部であっても基盤整備されていない農地は耕作放棄地になるしかない。10年後、農村部では、美しい田園風景が消滅し、雑草が生い茂る荒涼とした風景に変貌することも予想される。

米の消費量が減り、小規模農家主体の農業構造を変えられず、海外からの輸入圧力が高まる現在、これまでと同様の農政でよい訳ではない。この度の一連の農政改革については、多くの農家も「仕方ないこと」と心の中では理解していることだろう。日本の農業・農村にとって、この度の政策転換が大きな転機となることは間違いない。そして、米が主食であり、文化であり、農村社会そのものであった時代も終焉に近いづいているのかもしれない。しかし、嘆いてばかりいても何も始まらないし、いいことなど一つもない。むしろ、政策転換により強化される補助金・助成金を少しでも多く活用し、地域基盤、農家の経営基盤を強化して、来るべき新時代にチャレンジできる力を蓄えることを考えていくべきであろう。