第243回 | 2015.06.29

日本の農業者は頑張っている? ~ 日本の農業生産力は国際水準! ~

6月26日発行の全国農業新聞で、少し元気が出るコラムを読んだ。コラムを執筆されたのは岐阜県農業会議事務局長の羽賀豊氏で、「日本の農業者は頑張っている。もっとほめられるべき」というタイトルである。少しデータは古いが、コラムでは2003年の農林水産省の試算などに基づき以下の2つのデータが掲載されていた。

【自給率から換算した扶養人口】 (万人)
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【農地1haあたり国産供給熱量】(千kcal)
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日本の現在の食料自給率は39%で近年大きな変動はなく、先進国の中では最も低い。しかし、その国の人口×自給率という計算式で、何人の国民の食糧を賄えるのかという扶養人口を計算すると、日本は5,000万人を超えており、日本より食料自給率が高い英国・イタリアを上回る水準にある。

また、農地面積あたりの国産供給熱量は世界一であり、フランスの約2倍、カナダ・豪州の約10倍という数値がはじき出される。農家1戸当たりの経営面積が他国と比べて狭隘であるにも関わらず、コスト低減、省力化、新技術開発などの、たゆまぬ努力の成果が数字として表れている。厳しい条件下でも、日本の農業者が農地を大切にし、真摯に農業に取り組んでいる証であるとコラムは続く。

このように、日本の農業者は非常に頑張っているのであり、もっとほめてあげるべきだというのが羽賀氏の主張である。確かに国民が日本の農業を語るとき、「立ち遅れた産業」、「衰退する産業」、「補助金に支えられている産業」など、批判が先行しているように思う。また、このような批判を背景に食料自給率が低いことのみが注目され、日本の農業が持つ生産力や土地生産性の高さなどの優位性を正確に評価する声は少ないように思う。

また、羽賀氏は、コラムの中でこのように語っている。農村では男女を問わず、多様な年齢層の住民が出来ることを役割分担し、生産はもとより農地や農村環境の保全に理屈を超えて共同参加する。日本の農業構造や農業者の経営規模を論じる際、農業者の農業への愛着心や農業に取り組む真面目さにも視点をあて、この精神を損なわないように応援すべきだ。こうした農業・農村の日本的伝統意識を無視すれば、農業・農村環境は劣悪化するだろう。農村に根付く農家の意識を日本の貴重な資源だと誇り、国民が温かい目を向けることが大切だと。

かなり農業者よりの、農業・農村への愛情に満ちたコメントであるが、共感するべき点はたくさんある。現在国も県も市町村も、農業者の大規模化・法人化と企業的経営への転換を進めている。この方針に異論はないが、その結果農業者数が半減、さらには5分の1などに減少し、企業的な大規模法人ばかりが残った場合、農村には何が起こるだろうか。私は、羽賀氏のいう「男女を問わず、多様な年齢層の住民が出来ることを役割分担し、生産はもとより農地や農村環境の保全に理屈を超えて共同参加する」という農村システムが崩壊するのではないかと懸念する。

企業であれば、原則として自分の利益に直結しない仕事はしないだろう。しかし農村では、水利管理はもとより、水路江ざらい、道普請、畔の管理など、公益的な多様な仕事を地域住民が担っている。こうした仕事を担う農業者が減少した場合、農村自体が従来持っている地域を自ら保全する力が大幅に低下してしまうのではないかと考える。この対策として、農林水産省は農地・水保全管理支払交付金制度を導入しているが、その予算には限界があり、国内全ての農村を守ることはできない。

また、企業的な大規模法人ばかりが残った場合、食料自給率は上がるのだろうか。私はむしろ、下がると思う。利益を優先する企業的な経営では、集積された優良農地のみを耕作の対象とするだろう。その結果、耕作条件が悪い農地は見捨てられ、耕作放棄地はさらに拡大して、日本全体の耕作面積はさらに減少することになる。また、大規模法人の多くは、土地利用型の農業より高い収益率が期待できる施設園芸型の農業を選択する傾向にある。もともと自給率100%のトマトばかりを増産しても食料自給率は上がらないし、穀物類などの生産量が減ることで自給率を引き下げる結果を招くと思う。

依然堅調な農産物直売所を支えているのは、農村に暮らす中小規模の農業者たちである。そして農産物直売所で販売される、鮮度が高い旬の農産物は、国民の豊かな食生活に大きく寄与している。しかし、どの直売所でも、出荷者の減少が共通課題になっている。直売所を支えている中小規模の農業者がさらに減少すれば、国民に支持され続けてきた直売所も、やがて消滅することになろう。

現在の農業・農村のあり方が最適だとは思わないし、課題をあげればきりがない。農業者の大規模化・法人化は今後も進めて行かなければならないし、貿易自由化を見据えた国際的な価格競争力を持った農業への転換も進めて行く必要がある。しかし、農村が持つ底力や中小規模の農業者が果たしている社会的な役割、さらには日本型農業の魅力について、国民は改めて評価すると共に、世界に誇れる伝統的な社会システムに目を転じる必要があろう。