第16回 | 2010.09.15

新たな担い手を目指せ! ~企業の農業参入を考える~

私のところにも、近年多様な企業が農業参入の相談に来ているが、やはり農地法の改正以降、企業の農業参入への動きが本格的に活発化しているようだ。担い手不足が深刻化し遊休農地が拡大し続け、農業の活力低下、さらには農村崩壊といった危機にある地域が増加している近年、企業が地域農業の新たな担い手として登場することを期待する声が高まっている。しかしながら、既に建設業、食品関連企業などを中心に、多くの参入事例が見られるが、一方で事業として採算ベースにのっている例は極めて少ないようだ。

農業を外から見ると、農家という家族経営によって取り組まれている家内製手工業であって、非常に立ち遅れた産業であり、参入は比較的容易に映るらしい。しかし、参入企業のほとんどが赤字経営を強いられている現実を見ても明らかなように、農業は容易どころか最も難しい産業であると言えよう。古い話になるが、最先端のIT技術を持っている医療機器メーカーのオムロンも、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのユニクロも、農業に参入して僅か数年で撤退している。一方で、食品メーカーのカゴメや、地元の建設会社が共同出資して設立した宮城県の農業生産法人ヒーローなどは、大成功とは言えないものの軌道に乗りつつある。では、成功・失敗の分かれ道はどこにあるのだろうか。

1点目は、最低10年以上の長期的展望に立った事業展開ができるかどうかにある。一般の企業は、参入2~3年目で収支均衡、5~6年で投資回収という計画を持つだろう。しかし農業の場合、このような短期計画は不可能に近い。なぜなら設備投資という考え方が他産業とは異なるからだ。農業の最大の資本は土地と生産者である。土地は何百年に渡って耕作され、用排水や農道の等の基盤整備を進めて出来た資産であって、1年でこの資産を得られるものではない。企業が農業参入する場合、遊休農地を有効活用しようとするが(市町村も参入企業に遊休農地解消の役割を期待している)、状況によって異なるものの遊休農地を復田するには3~5年を要する。また、付加価値を付けるため有機栽培に取り組みたいと誰もが考えるが、有機栽培が出来る農地に転換するためにも3年以上の歳月がかかる。農業機械や施設への設備投資はすぐに出来ても、農地へは長期に渡る継続的な設備投資を覚悟しなければならない。次に生産技術の向上である。農家は何十年もかかってその土地に合った生産技術を身に付け、気象の変化などを見ながら時には感覚で作業を進める。工場生産に慣れた企業には、この理屈が分からない。かつてオムロンが北海道の大地でトマトの大規模ハウス栽培にチャレンジし、僅か2年で撤退した。完璧なコンピュータ制御と学術に裏付けられたマニュアルに従い栽培したものの、実際の収量は計画の5分の1程度に過ぎなかったという。何年もかけて地道に土づくりを行い、成功・失敗を繰り返しながら教科書には書いていない生産技術を体で覚えるためには、10年という長い歳月が必要である。

2点目は、販路の確保と付加価値の創造ができるかどうかにある。サイゼリアやワタミ、酒造メーカーの一ノ蔵のように、自らこだわりの食材・原料を作って自ら買うというビジネスモデルが最も強いと言え、その多くが成功事例と言える。しかし、これらの企業も生産量の過不足・継続的な品質維持等に課題を残しており、収量不足や過剰生産となった場合の調整などには苦労しているようだ。販路開拓は営業力のある企業にとって得意分野だ。しかし、農産物は市況によって取引価格が大きく左右することから、売上計画の下方修正を強いられるケースが多い。このあたりの現実も、企業にとっては考えられないことのようだ。比較的成功している企業は、小売店や飲食店・加工メーカーなどとの直接取引を進めている。パートナーとしての販売先の確保、販売先が価値を認める作物生産、販売面でのリスクヘッジなどが成功に向けた必須要件となる。なお、ネット販売など消費者を対象としたBtoCのビジネスモデルは考えない方がよい。かつてユニクロが失敗した要因は、衣料で消費者マーケットを作ったという過信から、消費者へ直接アプローチするビジネスモデルで勝負したことにある。ユニクロの衣料を買っている消費者は、永田農法で作った農産物の消費者にはならなかった。参入企業の強みは、必ずしも農業経営上の強みにはならないことを覚えておいて頂きたい。

3点目は、地域と協働し信頼される存在になれるかどうかにある。成功している企業に共通しているのは、地域で高い技術を持った篤農家とパートナーシップを築いて生産現場に臨んでいる点である。先に述べたように、生産技術は土地・土壌・気象条件・風土によって異なり、教科書やマニュアルでは対応できない。さらに、高糖度や有機など付加価値を高めようとする場合、そのノウハウは篤農家の頭の中にしか入っていないと言える。有機米の生産販売を行うヒーローでは、地域の篤農家が生産のリーダーとなって、稲の生命力を強くするため苗にわざと傷をつけたり、甘味を引き出すため田植え・収穫の時期を1か月遅らせ寒気にさらすといった奇抜な農法に取り組んでいる。こんな農法は教科書のどこにも書いてないが、パートナーである篤農家だけが持つノウハウが建設会社の農業参入を成功に導いた。この米は慣行栽培米の約3倍の価格がつき、現在同じ農法に取り組む協力農家も現れ、計40haを超える生産規模まで事業を拡大させている。参入企業は、閉鎖的な農村社会の中で、間違いなく敬遠される。資本にものを言わせることなく、まずは地域農家の技術を敬いパートナーとすること、地域で雇用を積極的に進めること、さらには購買事業・販売事業を活用しながらJAとも上手に付き合うことで、地域で信頼される存在になることが大切である。地域で信頼を勝ち取らないと、生産技術はもとより、経営基盤である農地の確保もままならない。

私は企業の農業参入を心より応援する。農業の衰退による崩壊の危機に瀕する農村、その一方で農業に新たな活路を求める企業。この両者がお互いの資源・ノウハウ・知恵を共有し協働して取り組むことが、日本農業の未来の扉を開く鍵であると確信している。