第125回 | 2012.12.25

所得補償制度はどう変わるのか ~自民党圧勝後の農政のゆくえ~

この度の衆議院選挙は、自民党の圧勝で幕を閉じた。政党ごとに大きな得票数の格差が出たことに驚きを隠せない。その要因は、連日専門家の皆さんがテレビ報道などで詳しく説明しているし、私がここでコメントすることではない。しかし、一つだけ言わせて頂くと、脱・原発を強調した政党ほど、支持が得られなかったことは記憶に留めておくべきだと思った。国民誰もが、原発に頼らない社会でありたいと願っている。しかし、そんな国民心理を利用して、出来もしないような政策を打ち出した政党に、国民は辟易したのだと思う。政治的な混乱が続き、経済的な閉塞感が蔓延する昨今、ぶれない基盤を持った政党、この閉塞感を打ち破れる実行可能な政策に、国民は期待したと言えよう。

さて、自民党に再び政権交代した後の、農政はどうなるのだろうか。その中でも、民主党の目玉政策であった戸別所得補償制度の行方は、全国の農家・農業関連団体、そして市町村ともに最も関心があるところであろう。新聞などの報道によれば、自民党農政の基本は「農業生産の赤字部分を穴埋めする」制度から、「農地を農地として維持する」ことに交付金を支払う制度に衣替えするということだ。交付金の単価水準は維持したまま、支払い対象を米や小麦などに加え、野菜や果樹まで広げる方向で見直すと言う。地域の作付計画を混乱させる恐れがあるため、2013年度からの急激な制度変更については慎重に判断するものと思われる。14年度以降は、所得保障の拡充と土地改良事業の復活を目指すとしている。

民主党が導入した戸別所得補償制度は、どのような弊害を地域にもたらしたのだろうか。個人的には、農家の所得を補償すると言う考え方には賛成であった。しかし、減反政策を維持したまま、条件を満たした全ての農家の所得を補償の対象としたことから、担い手農家への農地集積や、大規模農業法人の育成などの構造改革の足かせになったことは確かである。産業としての自立を目指した強い農業づくりは必要である。石破さんが農林水産大臣を努めた頃は、集落営農や大規模農家に限定して厚く支援すると言う政策により、全国の農村では構造改革の将来像が見えて来ていたはずだ。見えつつあった将来像を、戸別所得保障制度により、再び霧に包んでしまった罪は大きい。

中山間地域直接支払制度も、旧名・農地・水・環境保全対策も、土地改良事業も、前自民党政権の政策だった。これに加え旧名・品目横断的経営安定対策と言われた大規模農家優遇政策などの事業展開によって、農村・農地政策はかなり完成に近づきつつあった。政権交代により、こうした農政の流れが途絶えてしまったことに、当時大変な憤慨を覚えたものだ。自民党が政権政党になることで、もう一度、昔描いた構造改革の流れが復活することに期待したい。

しかし、この度の政権交代でも、減反・転作奨励・多用途米の推進など、米などの供給量を国がコントロールすると言う政策は、継続される可能性が強い。これはむしろ、自民党政権が何十年にも渡り継承してきたお家芸だ。現状、この政策により何が課題になっているのか。一つ目は、規模拡大をして、本気で米で勝負しようと考える農家の足を引っ張ってしまっている。大規模農業法人や集落営農組織は、米を作りたくても一定の範囲を越えては作れないルールになっている。ルールを破る者は、所得補償の交付金をもらえない。

二つ目は、新規需要米やそばなどの転作作物の過剰な生産構造を生み出しつつあることが課題と言えよう。新規需要米は、米粉米、飼料米、輸出米などがあるが、政府は交付金を積み上げて生産意欲を喚起する一方で、需要をつくり出すことで、需給バランスを保つと言う離れ業を進めてきた。フード・アクション・ニッポンとは、こうした新たな需要をつくり出すための国民運動を促進する政策であり、委員を務める私はその当事者である。

減反などやめて、全て市場原理に任せてしまえば良いという人も多いが、そんなに簡単なことではない。しかし現在の制度が最適だとは思わない。私としては、構造改革を進める上でも、規模や集積要件など、ある一定基準を満たした農家は、何をつくるのかについて選択権があるような制度設計が出来ないかと考えている。ある農家は米一本で勝負する。一方の農家は新規需要米で勝負すると言う方法だ。農水省や有識者の多くの方々も、現在の制度に課題を感じていることと思う。新政権における制度の刷新を期待したい。

TPPについては、1月下旬にもオバマ米大統領との首脳会談があり、日本側として日米同盟強化のためにも、「前向きに参加を検討」という土産を持参したいところである。自民党の基本的なスタンスは、国益を守れるかどうかが参加の判断基準で、米国側の要求を見極めるとしているし、是非そうして頂きたい。選挙前のことであるが、日経新聞で、とんでもない社説を読んだ。TPP参加の場合、米はあきらめて、砂糖を自由貿易の例外品目として認めてもらうと言うものだ。ご存知のとおり、砂糖の国産原料の多くは、沖縄のさとうきびが原料となる。砂糖は海外産の産品とほとんど品質差がないため、関税が撤廃されると沖縄のさとうきび産業は全滅する。農政で守るべき産業である。

砂糖を守る代わりに、米は関税撤廃品目として自由貿易の対象とする。安い輸入米が市場に流れると、国産米の価格も暴落することになる。暴落したら、その価格差は所得補償で補おうと言う構想だ。さとうきびより、稲作の継続と全国の農地の保全に税金を投入した方が、国民の理解を得やすいだろうと言う考えだ。農林水産省のある幹部が打ち明けたと記事に書いてあったが、一体こんな話がどこから出来て来たのか。もし、そうなると、構造改革に向けた中核的担い手へ偏重した支援策を進めるのは困難で、全稲作農家を平等に支える政策を打たざるを得ない。

新政権に対する農家や農業関係者の期待は大きい。しかし、以前のような票田確保のための八方美人の政策ではなく、構造改革の御旗をしっかり掲げ、がんばる農家や地域が、頑張っただけ報われるような政策を期待したい。