第159回 | 2013.09.10

所得倍増10ヵ年戦略始動か? ~2014農林水産省概算要求~

農林水産省は8月30日、財務省へ2014年度の概算要求を提出した。要求額は、本年度予算を13.6%上回る2兆6,093億円であり、所得倍増10ヵ年戦略を掲げる安倍政権の意欲と意向を色濃く反映する内容になっている。10ヵ年戦略は、担い手への農地集積・集約化、強い農林水産業の基盤づくり、農林水産物・食品の高付加価値化など10本の重点項目によって構成されている。本日は、概算要求の中で特に着目すべき政策についてコメントしてみたい。

概算要求の最大の目玉は、担い手への農地集積・集約化を加速するための「農地中間管理機構」に関する新規予算の確保である。農地中間管理機構については、以前このコラムでも説明したが、耕作放棄地を含めた農地を都道府県単位で設置する公的機関が借り上げ、必要に応じて機構で基盤整備を行い優良農地に変え、集積して担い手へ貸し出すという画期的な仕組みである。同機構の設立費用や活動費、基盤整備や耕作放棄地再生利用のための整備費などを含め、総額1,562億円を計上している。この金額は、現在の農地保有合理化事業の予算額の100倍以上であり、この政策の導入・運用への強い意気込みを感じることができる。

あわせて、同機構が事業を円滑に進めるために、農地基本台帳の法令化を検討しており、農地基本台帳の電子化や地図化、農地所有者の営農意向などの確認活動などの予算として125億円を要求している。しかし、制度設計には未だいくつかの調整事項を残している。例えば、機構が農地を担い手に貸し付ける際は、同機構が貸し手の配分計画を策定した後、都道府県知事が公告する予定であるが、農地法3条の農業委員会の許可や、基盤強化法の農用地利用集積計画の市町村長の公告などとの関係は整理する必要がある。また、法令化を検討している「人・農地プラン」との連動も検討事項であろう。

一方、民主党政権下で大幅に予算額が削減されていた農業・農村整備事業も20%アップの3,197億円を要求している。私は、これらの政策により、「平成の農地改革」が本格的に始動するものと考えている。民主党政権は、当初、「コンクリートから人へ」の政策理念をうたっていたが、基盤整備なくして担い手は育たないし、構造改革も実現できないことは明らかである。小規模な農地にしがみつく農家の所得補償をしても、農業・農村の地盤沈下が加速したに過ぎなかった。基盤整備さえすれば自ずと受け手は登場するし、担い手は育つ。逆に基盤整備されていない農地は誰も引き受けないし、その集落で担い手が育つはずもない。

農地中間管理機構、市町村、農業委員会が連携を強め、人・農地プランで集落単位の合意形成を進めて、中間管理機構へ預ける農地、自ら基盤整備をして担い手の農地集積を進める農地などのすみ分けを行う必要がある。農村では、自ら耕作できなくなっても、後継者はいなくても、農地を手放さない地主や基盤整備に協力しない地主が非常に多く、構造改革と元凶になっている。この度の政策を平成の農地改革と位置づけ、必要に応じて強制力を持ってでも、担い手への農地集積や基盤整備を推し進めるべきだと考える。

担い手対策関連予算にも着目したい。「新規就農・経営継承総合支援対策事業」予算は、昨年度から17%増えて280億円を要求している。このうち、「青年就農給付金」は約200億円であり、対象者は継続分を含め19,800人を予定している。従来の枠組みに加え、親元就農する「準備型」、親族から農地を借り受けて就農する「経営開始型」などを新たな給付対象として追加している点が目新しい。前者は親の農業を継ぐべき息子たちの決意を促す施策として有効であるし、後者は甥っ子などが息子に代って農業経営を引き継ぐことを促すきっかけとなる。いずれも、現状・課題を的確に捉えた政策として、高く評価できる。

また、「新規就農・経営継承総合支援対策事業」のうち、雇用就農を促進するための農業法人などで実践研修を支援する「農の雇用事業」の要求額は、29%増の75億円であり、対象者は6,100人を予定している。「農の雇用事業」は、大規模経営や集落営農の法人化を促進することにもなるし、農業大学校で研修を受けた新規就農希望者の実践研修の場を創造する効果も期待できる。すでに軌道に乗りつつある事業であり、予算拡大は大いに賛成だ。

担い手対策関連予算では、今後、政府にお願いしたいことがある。それは、若手農家グループへの活動支援である。親や親類を師匠に就農するケースや他産業から農業大学校などを経て地域で就農するケースともに、就農した若者は非常に孤独である。若手で農業を志す者が少ないことから、地域では親の世代、祖父の世代ばかりとつきあうことになる。本来、若者同士で悩みを話したり、新たな夢を語ったりしたいものである。神奈川県では、みどりの会をはじめ、若手農家のグループがいくつか存在しているが、これらのグループ活動が、若手農家の意見交換の場となり新規就農者の受け皿組織になっている。

私たちの代は、活動支援金などを行政からもらうと、概ねよからぬことに使ってしまったものだ。こうした悪弊が、若手農家グループの支援金廃止につながってきたことは事実であり、壮年世代で心当たりのある方は大いに反省して頂きたい。しかし、最近の若者はこんな悪さはしない。適切な資金があれば、しっかりした計画を立て、有意義な活動を行うだけの良識は持ち合わせている。せっかく就農しても孤独に耐えられず、離農してしまう若者も多い。新規就農者の受け皿となる若手農家グループを育成し、その活動を支援することは、担い手育成に大きく貢献する。現在市町村単位でこうした施策を講じるところも見られるが、私は国策として取り組むくらい若手農家グループの育成支援は意義が大きいと考える。

さて、安倍首相の力強い農業・農村政策に、我々も応えようではないか。この流れを大きなチャンスとして捉え、活用できる事業は最大限活用し、自立・自走はもとより、自らの農業経営及び地域の農業経営を大きく飛躍させることが、支援を受ける我々の義務であり、社会的責任であると言えよう。折しも2020年の五輪東京開催が決定した。将来を見据え、大いに意気を高め、農業・農村の次世代の扉を共に押し開いていこう。