第18回 | 2010.09.27

崩壊か発展か? ~分岐点に立つ都市農業の展望~

全国の耕地面積約467万haの中で市街化区域内にある農地面積は約10万ha存在するが、ここで営まれる農業が狭義での都市農業と言われている。全体から見たら僅か50分の1に過ぎない農地であるが、都市に混在しているこの農地の重要性を近年指摘する声が高まっている。これまで市街化調整区域内の農地は、人口増加社会のもとで都市化すべき用地として宅地などの供給元と位置づけられ、農政の対象外とされ都市計画の一環として管理されてきた。しかし、人口減少社会に転ずる中で、住宅はすでに供給過剰の状態となり、時代の役割が変化しつつある。近年では、都市部住民への安全・安心な農産物への供給地や「農」とのふれあい拠点としての役割が見直されていることに加え、ヒートアイランド現象の緩和や防災対策用オープンスペースなど都市の緑地と空間して、その機能が再評価されている。しかし、高齢化・担い手不足といった農業共通の課題に加え、過大な税負担が最大の課題となって、都市農地・農家は急速に減少しており、これを食い止めようという動きが全国で広がりつつあるものの、歯止めがかからない状態にある。

では、こうした都市農地では、どんな農業が営まれているのであろうか。私は一昨年、東京都世田谷区において、こうした農家を一軒一軒訪問し、ヒアリング調査を行ったことがある。駅前の商店街を抜けて数分歩くと、防風林に囲まれた瓦屋根の大きな民家が見えてくる。民家の前は畑で納屋や農機具倉庫が建ち、軽トラックが置かれている。一般の農村ではおなじみの風景だが、周辺にモダンな住宅が立ち並ぶ中で、その場所だけがタイムスリップしたような異質な感じを受けるものの、大都会の中に残された緑の空間が心を和ませる。合計50件の農家を調査したところ、その経営実態が明らかになった。農家が保有する農地面積は1,500㎡から4,500㎡(ちなみに都市農家は町歩や反とは言わず農地面積の単位は㎡を使う)、露地及び一部施設園芸による野菜を栽培しており、できた農産物は直売所へ持って行くか、庭先で無人直売するケースが多い。農家の約半分は自給的農家であるが、真剣に農業に取り組む生産者も数多く存在する。共通してアパート・駐車場経営を行っており、それらが主たる収入源となっている点も特徴である。推測ではあるが、販売農家の農業収入は200~300万円、これに不動産収入が500~1,000万円あるといったイメージである。

もともと住宅を建てるための土地という位置づけから、農家は通常宅地並みの固定資産税・都市計画税を毎年払い、加えて相続の際は多額の相続税を払うことになる。もともと農家なので、広い屋敷や土地(農地)を持っていて当り前で、これらの資産は生業のために先祖から受け継いだものだ。しかし以前は、周辺住民のやっかみも激しく、なぜこんな都会で農業をやるのか、農家が土地を出さないから地価が高い、多額の税金を払って当り前と言った声が多く聞かれた。

現在10万haの市街化区域内農地のうち、生産緑地と言われる農地が1.5万ha存在し、残りが宅地化農地と言われる農地である。生産緑地とは、今後30年(3大都市圏以外では20年)農業を続ける、または死亡するその日まで農業を続けることを宣言した農地で、宅地の約100分の1の農地並み課税が認められることに加え、相続税についても猶予される制度であり、都市農業を続けていきたいと願う農家の多くがこの制度を活用している。しかし、途中で農業をやめてしまった場合は過去に遡って追徴課税とともに税金を払わなくてならない。また相続が発生した場合、農業経営の付帯設備と言える広い屋敷や農機具倉庫・駐車場の敷地、さらには経営するアパート等は猶予の対象にならず、多大な納税負担が発生する。こうしたリスクを見越し、全ての農地を生産緑地とはせず、いつでも売却して金に換えられる宅地化農地(固定資産・都市計画税・相続税ともに宅地並みに課税)を残すケースが多い。その結果、都市農地は相続を機会にどんどん転用されて縮小することになる。

都市農業研究の第一人者である、(株)農林中金総合研究所の特別理事の蔦谷栄一先生によれば、都市農業の特徴は、①施設園芸や伝統作物の取組みなどにより付加価値が高い農業を実現している、②消費者ニーズに対応して柔軟に栽培作物を変化させている、③朝採りで鮮度が高く周辺住民への配慮から減農薬栽培の農産物が多い、④近隣直売所やスーパーへの出荷や庭先販売など直接販売を基本としている、⑤練馬方式の体験農園に象徴されるように市民との交流型農業が進展している、⑥生産から販売まで一貫して担うなど経営感覚が優れた農家が多いなどを挙げている。私の知人の東京都国立市に住む農家は、梨を基本に野菜類を生産する専業農家だが、高い生産技術と都市部でのネットワークを背景に高価格販売を実現している。また神奈川県横浜市の農家は、自然農法により年間50品目を超える野菜類を生産し、自ら開設した直売所でそのほぼ全量は売り切っている。これらの農家に共通して言えるのは、都市部住民との交流・コミュニケーションをとても大切にしていること、都・県や市の検討会など積極的に参加し少しでも地域農業を良くしていこうと働きかけていることにある。このように考えると、都市部の専業農家は、まさに全国の農家が目指すべき最先端の農業経営を実現しており、意識も非常に高い方々が多いと言える。

重税負担など、都市農業にはまだまだ多くの課題が残る。しかし近年、地域住民のやっかみは薄れ、都市にとって農業・農地は住民に潤いと恵みを与える重要な共通財産であるとの合意形成が図られつつある。今後は、最先端の農業経営を今後も持続・発展させる仕組みづくりを社会全体で進めていきたい。また、全国の農家はこうした都市農家の経営を謙虚に学ぶ必要があると思うし、是非とも都市農家との交流を進めて欲しいと願う。豊富な近隣商圏を持つ農家と、強固な農業基盤を持つ農家が手を結んだら、例えば都市農家の経営ノウハウやネットワークを活かし、地方の農家が付加価値の高い農産物を計画生産するなど、日本の農業を変えるような斬新なビジネスに発展するかもしれない。私たち流通研究所も、具体策につながるような両者の交流の場を創造するなど、新たな仕掛けを考えてみたいと思う。