第236回 | 2015.05.11

小売業界で生き残るのはどこだ  ~ 「マス」から「個人」への転換 ~

4月27日発行に発行された「挫折の核心“イオン”、セブンも怯えるスーパーの終焉」というタイトルの「日経ビジネス」は、大変読み応えがある内容で、電車の中であるにも関わらず思わずうなり声をあげた。3期連続で営業減益となったイオンの構造的欠陥を浮き彫りにすることで、時代の変化と共にスーパー業界が大転換を求められているという内容である。

幾多の買収を繰り返して膨張してきたイオングループは、総合スーパーとして年間売上7兆円を誇る業界のトップ企業となった。強力なバイイングパワーを背景に、より大量により安く商品を仕入れ、安売を武器に消費者の心をつかんできた。その中核をなすのが「トップバリュ」という名のプライベートブランド商品であり、全国全ての店舗で販売されている。しかし近年は客離れが止まらず、「トップバリュ」の売上も低下傾向にある。

規模を大きくして、本部による大量一括仕入と全国で画一化した商品の販売により、価格競争力を高める。そのために企業買収により、より一層売場面積を増やす。これがイオンが進めてきた基本的な事業戦略である。しかし、こうした事業戦略が今、時代に、そして消費者に見捨てられつつある。かつてイオンを恐れていた地方スーパーも、最近では「イオンは自滅している」となめているという。では、この戦略の何が問題なのであろうか。

一つ目の問題点は、全国どこでも画一化された商品が、消費者にあきられた点にある。地域によって消費者の嗜好性や購買行動は異なる。「トップバリュ」の売れ行きは地域によって大きく異なるにも関わらず、同じ商品を店頭に置き続けているのが実情である。一方地方スーパーは、地域の生産者や卸売業者などとの連携を強め、地域住民のニーズにあった特色ある品揃えに力を入れている。イオンの商品政策は、売る側の論理が優先した「プロダクトアウト」であって、消費者視点に立った「マーケットイン」の発想が欠如していると言える。岡田社長は「もう「トップバリュ」なんて、やめてしまおうか」と幹部に弱音をはいたという。

ちなみに食にことだわりを持つ私は、「トップバリュ」の食品はほとんど買わない。安さは魅力であるが、安かろう悪かろうというイメージが先行することに加え、過去に買った商品は、品質がよいともおいしいともは思わなかった。また、納豆3連パック27円などという超低価格な食品も販売されているが、この常軌を逸した価格に対し強い嫌悪感を抱く。小売価格27円で納豆が出来る訳がない。この価格で、原料費・製造費・流通費をペイできる原価構造が成立する訳がなく、これはもはや食品ではないと思う。そんなものを売る企業では買い物はしたくない。

私のような嫌悪感を持っている消費者は少なくはないのではないかと思うし、今後は増えてくると思う。大量消費の時代はとっくに終わっており、これからは消費者が自らの価値観で選択した商品を少しずつ買う時代だ。そしてその選択基準は、もはや価格重視ではなく、商品自体が持つ価値にあるといえよう。

二つ目の問題点は、現場の最前線にいる社員の意識や能力の低下である。本部ですべての商品や売場構成を決めてしまうイオンでは、小売現場にいる社員は売上ノルマを課せられるだけで、後は何も考えなくなる。その商品が売れようが売れまいが、本部の指示に従わざるをえない。どれだけ優秀な人材を採用しようと、考える機会を与えない企業は社員を腐らせる。その結果、店舗での工夫が希薄になり、さらに客離れが進むことになる。消費者との接点である現場が考えない小売業は、小売業の最も重要な機能が麻痺してしまっていると言える。

イオンの本部バイヤー達の悪い評判も耳にする。もう四半世紀前のことになるが、当時隆盛を極めていたダイエーで、20代と見られる若いバイヤーが、「こんな商品売れる訳ないよ。何考えているの。価格ももっと下げる努力をしなよ」などと、年配のメーカー担当者をどなりつけている光景を見た。その時私は、この企業の社員は、天狗になって目上の方への口の利き方も知らないのかと憤慨したものだが、その後のダイエーの末路は周知のとおりである。力を持った企業の社員は、往々にして弱い者いじめをする傾向にある。本部も現場も腐ったら企業は終わりである。

マクドナルド、牛丼の吉野家など、店舗数を拡大し、全国で画一的で安価な商品を提供するというビジネスモデルを採用してきた企業は、現在いずれも岐路に立たされている。悪い言い方をすると、いずれも売る側の論理を消費者に押し付けるプロダクトアウト型の企業だ。これだけ安いのだから買えよ、食えよといった売る側の声を消費者は敏感に感じとる。そして現在絶好調であるコンビニエンスストア業界も、本部統制による画一的な展開を進めてきたことから、このままでいくと同様の落とし穴にはまる可能性も否定できない。

現在イオンが取り組もうとしている改革は、中央集権から地方分権への転換である。地域本部制へ移行する中で、地域の消費者ニーズに合わせた商品の品揃えと、これに対応できる地域別の調達網を再構築しようとしている。さらには個店への仕入れ権限の移行により、店舗ごとの特色づくりを強化しようとしている。一度根付いてしまったビジネスモデルや企業風土を改革することは容易ではないが、小売業界の雄として、生産者にも消費者にも支持される企業に生まれ変わって頂きたい。

一方、地方スーパーは、最初からこの路線で事業を展開しており、個店の独自性を発揮することで業績を伸ばしている企業も多く見られる。地方スーパーの多くは、全国からの仕入れ網が限定されバイイングパワーが弱いゆえに、地産池消と地場密着、特色ある個店づくりを基本路線に据えざるを得なかった。しかし現在では、このことがむしろ功を奏していると言えよう。

総合スーパーに限らず、小売業界・外食業界のすべてで、「中央集権」か「分権」か、「チェーン理論」か「個店主義」かが問われている。この記事のまとめとして書かれていた通り、これまでは一億総中流の分厚い中間層の存在に依存してきたが、もはやその前提は崩壊し、これからは一人ひとりの細かいニーズにきめ細かく対応することが求められるのだろう。
また、生産者やメーカーを叩くのではなく、再生産可能な価格を提示し、より価値の高い商品づくりを支援し、よいものを適切な価格で売るという共存共栄のためのパートナーシップが求められる。この2つの社会的な使命を全うする企業のみが、未来永劫に発展する小売業であると考える。