第295回 | 2016.09.12

家族経営の法人化を考える
~法人化のメリット・デメリット~

2世代・3世代で農業を営む家族経営において、後継者となる若手農家の中には、経営権の移譲に伴い法人化を考える人も多いことと思う。法人化は、農業経営の発展に向けた道筋の一つであることは間違いないが、全てがよいことばかりではない。本日は、家族経営の法人化にあたってのメリット・デメリットを整理してみたい。

メリットとしては先ず、農家が会社の社長となり、社長としての理念や行動指針を身に着けることができることだ。法人化とは、会社を設立することに他ならない。法人は個人とは異なり、社会的な責任を負う事業体である。したがって、社長は、自分や身内のことだけでなく、会社で働く従業員の夢と生活を保障する義務を負うことに加え、農産物などの販売先、農業資材などの購入先をはじめ、様々な取引先に対する責任を問われることになる。

社会的な責任を果たすためには、これまでのような感や経験、どんぶり勘定での経営は許されない。ビジョンを抱き、中・長期計画を立て、緻密な売上・コスト管理と労務の管理を行わなければならない。その結果、社会的な信用が格段にアップし、取引の拡大、借入の円滑化、優秀な人材の確保などのメリットが生じてくる。法人化するメリットは、農家自身が大きく成長できること、これまでのやり方を改革できること、未来に向けて発展のシナリオが描けること、社会的信用が高まること、優れた人材が寄ってくることなどと整理できる。

法人化することで、税制上のメリットがあるのかという質問をよく受ける。私はその都度、税制上のメリットなどない。そんなことを目的に法人化を考えるのなら、絶対失敗するからやめた方がよいと回答している。個人の青色申告の場合、所得税だけを払えばよいが、法人の場合、法人税と所得税の双方を払う必要がある。法人化することで、細かな節税対策を打てることも事実であるが、そのようなことは税理士の先生に任せておけばよいことである。ちなみに、農業法人に限らず、節税ばかり考えている社長の会社はたいてい成長していない。社会的な義務を果たすためにも、払うべきものはしっかり支払い、その分稼ぐという考え方でないと会社の成長はない。

メリット・デメリットの判断が難しいのが農家所得である。個人の場合、売上-経費=所得であり、毎年の農産物の出来・不出来や市況によって、所得は700万円だったり300万円だったりと大きく変動する。昨年は実入りがよかったが、今年は散々だといった具合である。一方、法人の場合の社長の所得は、役員報酬という名目で、会社から定額で支払われることになる。税方上、役員報酬の金額は、決算後の定期株主総会・取締役会の議決事項であり、1年に1回しか変更出来ない。例えば月額30万円と決めた場合、その年の売上が予想以上によくても悪くても同じ金額をもらうことになる。ぼろ儲けはない代わりに、安定した所得は確保できる訳である。

このように、法人の場合、売上-経費-役員報酬(固定)=利益という計算式になる。予想以上に売上があがった場合は黒字決算となり、その利益の約30%相当の法人税などを支払わなければならない。一方、予想以上に売上が落ち込んだ場合は、赤字決算となる。黒字決算の場合、年に1回役員賞与をもらうことは出来るが、役員賞与は利益処分という考えに基づき損金不算入になるため、会社が役員賞与を出しても出さなくても支払う法人税額は変わらない。なお、決算内容と今後の見通しによって、新年度の役員報酬は、月額30万円から35万円に上げるなど、毎年増減することが出来る。これをメリットと捉えるのかデメリットと考えるのかは、個人の考えによるところが大きいと言えよう。

アルバイトとして人を雇用する場合は、雇用保険と労災程度の経費を会社で負担すればよいが、社員として周年雇用する場合、雇用保険などに加え、健康保険・厚生年金などに加入し、その約半額を会社が負担する(半分は個人負担)ことが望ましい。その場合は、「社会保険など完備」と求人広告に記載することが出来る。それに伴い社長も専務(例えば奥さん)も社会保険に入ることになる。会社が負担する社会保険料などは、給与の金額と受給者の扶養家族の状況などによるが、例えば独身で年間300万円の給与所得者の場合は年間十数万円程度であろう。確かに会社の経費は増加するが、これも会社の社会的義務であり、義務を果たしている会社かどうかは、対外的な信用度が大きく異なる。こうした経費負担も法人化のメリットであり、デメリットであると言えよう。

法人化した場合の最大のリスクは、倒産の可能性があることだ。法人の場合、常に上昇志向を持つ必要がある。特に社員を雇用した場合は、昨対売上は必ずプラスでなければならない。なぜなら、社員の給与は毎年増やす必要があり、その分より多くの粗利益を確保する必要があるからだ。給与が上がらない、または下がるような会社、自分の未来が描けない会社に社員が定着するはずがない。売上を増やすためには、生産規模を拡大する必要がある。また、それに伴い、機械・施設などの新たな設備投資も必要になるし、その資金を借入金で賄うことも覚悟しなければならない。

倒産とは、資材の購入先や資金の借入先などに、支払うべき金を払えない状況に陥ることを意味する。会社の経営内容は、よい年もあれば悪い年もある。個人の場合、悪ければ「武士は食わねど高楊枝」と我慢することも出来るし、身の丈に合わせて規模を縮小することも出来る。しかし、法人の場合は、上昇志向⇒売上・利益の増額⇒経営規模の拡大⇒設備投資の増大という図式の中で、ひとたび歯車が狂えば資金繰りがショートし、倒産の危機に直面することになる。

ちなみに、会社が倒産した場合、会社を清算すればよく、社長本人への影響はないなどというのは間違いである。特に融資契約やリース契約をした場合、必ず社長が保証人になっている。例えば、会社が5,000万円の負債を抱えて倒産した場合、社長は自分の屋敷・田畑を売り払ってでも債権者に返済する必要がある。個人経営に倒産はないが、法人経営には倒産があり、社長のリスクは無限大に高まることが、法人化の最大のデメリットと言えよう。

このように、法人化には、メリットもあり、デメリットもある。家族経営のまま、身の丈の農業を営み、「儲けた、損した」を繰り返しながら、人生を送ることも生き方の一つであるし、私はそうした生き方を全く否定しない。人の幸せは、自分の生き方に満足できるかどうかが尺度である。法人化したら、煩わしいことが沢山発生するし、倒産などというリスクも発生する。法人化するかどうかの最終判断は、自分はどのような生き方をしたいのか、自分の息子にどのような後ろ姿を見せたいのかといった、極めて単純なことではないかと考える。