第74回 | 2011.11.28

大農商工連携時代の到来、異業種ネットワークをつくろう! ~KAB研究会レポート④~

毎月最終金曜日の夜、流通研究所では神奈川型アグリビジネスのあり方を探ることを目的とした研究会(通称・KAB研)を開催しており、この度で4回目となった。ゲスト講師にNPO法人農家のこせがれネットワークの宮治代表を招き、「多様なネットワークの活用を考える」をテーマに講義を頂き、その後活発な意見交換を行った。本日は宮治氏の講義のポイントを踏まえ、「ネットワーク」という視点から私の考えを述べてみたい。

宮治氏は、神奈川県藤沢市で養豚業を営み、「(株)みやじ豚」の経営者でもある。母頭数は70頭と、平均的な養豚農家の半分程度の規模である。規模拡大が農業経営のテーマとなる中で、むしろ現在は規模拡大をする時代ではないと考えている。それよりは、最高の飼育環境を強みとして生産現場にこだわり、よりよい商品を作って高く売るというビジネスモデルを選択した。そのためには販売力を高めて行く必要があり、これまで加工事業や飲食事業にも幅を広げ、6次産業化を目指した。農業の課題は、農家に価格決定権がないこと、農家の名前が消されて農産物が流通されていることにある。そこで、生産から消費までをプロデュース出来れば、「かっこよくて、感動があって、稼げる3K産業」へと農業を変えられると思ったと言う。

しかし、小規模生産だからこそ、本来生産に特化したい。生産が滞ってしまうと農業経営は一気に傾くことになる。そんな悩みの中で宮治氏は、6次産業化と農商工連携の違いに気が付き、農家が全てを賄うのではなく、不足する点は、多様なネットワークを活かし、他の人に補ってもらう方策を模索した。

「食べればおいしさがわかる」といった農家の言い分は、なかなか消費者には通らないため、先ずは商品のこだわりを説明する必要があると考えた。そこで宮治氏は、メールニュースの配信から始めた。次に取り組んだのが「バーベキュー」である。飛び込み営業はほとんど効果はなく、こちらから売り込みに行くのではなく、顧客に来てもらい、「売って下さい」と言わせる仕組みが必要だと考えた。定例化しているバーベキューには、多様な人々が訪れ、口コミでうわさが広がり、現在は一般の豚の2倍以上の価格で、飲食店だけでも50店舗以上と直接取引をするまでになった。宮治氏は、これを「バーベキュー・マーケティング」と呼び、営業の努力を減らすために始めたと言う。バーベキューへの参加者がPRや販売促進活動を担うことで、(株)みやじ豚は生産に力を入れることができるのだ。

そして、2009年に設立したのが「農家のこせがれネットワーク」である。都心で働く農家のこせがれに農業へ戻ってもらうことを趣旨に始めた活動は、全国農家の新進気鋭の農業者のネットワークづくりと、農家のこせがれのための実証の場づくりを2本柱としている。こせがれ達のマルシェをアークヒルズで定例開催していることに加え、農家のライブハウスとしての「六本木農園」、農家クラスが最も人気の「丸の内朝大学」、農家のこせがれしか参加できない「こせがれ限定交流会」など、様々なネットワークと連携し、活発な活動を続けている。

全国には、4HクラブやJAの青年部など、様々な若手の農家組織がある。しかし農家だけで集まっても、なかなか新しい発想は生まれない。そこに商工業者など異業種が参加することで、化学反応が起こり、リアルな農商工連携が生まれる。「農家のこせがれネットワーク」とは、「小さく始められるプラットフォーム」であり、「刺激をもらえる仲間」づくりの場であると宮治氏は語る。その結果、各地域が「農家のこせがれネットワーク」の名前のもとに、勝手に農商工連携の取組を始めたと言う。国は、ひとつの成功モデルを見つけると、それを全国に普及しようと考えるが、地域が違えば人も物も着地点も異なる中で、こうした考え方はナンセンスである。異業種が集まるプラットフォームと仲間が出来れば、その地域に合った連携が自ずと生まれるというのが宮治氏の考えだ。

農家は6次産業化は困難であるというの私の持論である。6次産業化とは経営の多角化を意味するものであり、資本力・営業力がある程度充実している民間企業でさえチャレンジには慎重になる。農家が6次産業化を進めるためには、生産現場と例えば加工分野にそれぞ統括できる人材を配置し専門性を高めていく必要がある。生産・加工・販売まで行うのなら、少なくとも3名の専任者を確保しなければならない。したがって、農家が6次産業化を進めるためには、最低でも役割分担を明確にした家族協定の締結、本来なら法人化が大前提である。それでもやはり農家は農業が専門なのであり、ノウハウは不足する部分は6次産業化ではなく、農商工連携で補うべきだと考える。ここに、ネットワークの必要性が浮上する。

現在は、神奈川県でこせがれネットワークの支部をつくる構想があり、その本丸が「箱根攻め」だと言う。箱根は、年間2,000万人の観光客が訪れ、700件のホテル・旅館がある日本屈指の観光地である。宮治氏の推定によれば、年間30億円の食材マーケットが存在する。しかし、箱根には農業が全くない。地域の新鮮な農産物を求める顧客は多く、頼むから食材を分けてくれという要望が高いにも係らず、誰もこれに応えようとしない状況にある。

神奈川県の多くの農家は、みやじ豚同様、小規模でこだわりの農産物を作っており、また販売先はいくらでもあると言うのが実状である。箱根と契約的取引をするとなると、経営規模をある程度拡大し企業的な経営に転換していく必要があるが、法人化・大規模化に対しアレルギーを持つ若手農家がほとんである。小規模な複数の生産者と複数のホテルなどを結び付けるためには、小口集荷・小配送と細かな商流、そしてコーディネート機能を持つ中間事業者の存在が必要となる。この点については、質疑の中でかなり議論になった。いずれにせよ、神奈川県は、多様なニーズがあるにもかかわらず、これに応える生産・出荷体制が出来ていないことを改めて認識した。

宮治氏の講義後、平塚市の花卉農家である横田氏から、流通研究所とこせがれネットワークが共催するかたちで、神奈川県一の農家を競う「N1グランプリ」のようなイベントを行って欲しいという提案があった。神奈川県では、若手農家の意見交換の場が少なく、異業種との交流もあまり見られない。そこで、腕に自信がある若手農家が、生産物で競い合うような場を設け、若手農家同士だけでなく、異業種とも交流できるような仕組みをつくっていこうというものだ。

宮治氏の講義を通して、神奈川県の農業の現状・課題が浮き彫りになり、新たなネットワークづくりの必要性を強く感じた。そのネットワークとは、単なる農家の仲良しクラブではなく、刺激し合い切磋琢磨する中でお互いを高め合うとともに、農商工連携という着眼点を持ってビジネスを生み出して行くものでなくてはならない。横田氏の提案は、KABSが事業化に向け本気で検討すべき重点事項であろう。来年の春には、何らかのかたちにして、皆さんに発表していきたいと思う。