第237回 | 2015.05.18

外国人観光客を狙え! ~ 拡大する新たなマーケットへの対応を急げ ~

このゴールデン・ウィークに、私は山梨県の忍野八海という観光地を訪問した。富士の裾野にあり、清らかな水がこんこんと湧き出る風光明媚な場所で、自宅から比較的近いこともあって、これまで幾度となく訪れている。今回訪問して驚いたのが、中国人観光客の多さだ。あくまで推定だが、そこにいた観光客の8割以上が中国人だったと思う。団体で声高に話しながら秩序なく歩き回り、ここかしこで写真を撮りまくる行動で、同じような顔をしていても日本人ではないことが分かる。ちなみに、忍野八海の観光スポットには、古民家と庭園を改装した素敵な資料館が併設されているが、入館料300円が足かせなのか、彼らは誰ひとりそこに入館しようとしなかった。

現在山梨県でも中国人観光客が急増しているようだ。山梨県を訪れる中国人観光客は、家族や小グループで訪れる富裕層(約1割)と、団体旅行で訪れる中間層(約9割)とに分類できるそうだ。前者は高級旅館に泊まり、金払いもよく、モラルも良好で、観光地にとってもよいお客である。問題は後者で、旅館に泊めると、部屋の掛軸や花瓶はもちろん、風呂場の石鹸やシャンプー、スリッパまで持って帰ってしまうそうだ。悲鳴をあけた観光業者は、日本人は泊まらないような、中国人の団体観光客専用の旅館を指定し、そこに押し込むようにしているという。

観光庁の「訪日外国人消費動向調査」によれば、訪日外国人の数も、訪日外国人の国内での消費額も近年急増しているという。昨年度の訪日外国人の数は3年前の約2倍となり400万人を突破し、消費額は3倍の6,000億円を超えており、この勢いは当面続くものとみられる。農林水産省が政策目標として掲げる2020年の農水産物・食品の輸出目標額が1兆円であることを考えると、訪日外国人のマーケットがいかに有望なものであるかが分かる。

テレビ報道では、家電専門店や百貨店などで日本製品を買いあさる外国人ばかりがクローズアップされているが、彼らが国内で落とす金は、それだけではない。事実、忍野八海という、山梨県の山間地にも沢山の外国人観光客が訪れている。昨今は、外国人観光客のリピーターも増えていると考えられ、それに伴い訪問する観光地も全国に広がりつつある。そこで、全国の観光地では、中国語の看板を設置し、外国人用のパンフレットを印刷するなど、受入体制の整備を進めている。しかし、外国人観光客に写真を撮られ、ごみだけ落としていってもらうだけでは、地域の活性化にはつながらない。彼らに金を落としてもらうための工夫が必要だが、そのためのマーケティングが進んでいないのが実状であろう。

先般の日経新聞には、外国人観光客のニーズに応えるため、ファッションビルやアウトレットなどで、複数の免税手続きをまとめて済ますことができる「免税一括カウンター」の設置が広がっているという記事が載っていた。これまで、複数の店舗がテナントとして入る商業施設は免税対応が困難であったが、規制緩和を受けて一括対応できるカウンターを設けることができるようになった。瀬戸内しまなみ海道の道の駅では、外国人観光客の足が地方まで延びていることから、地方でも免税手続きの利便性が求められると判断し、カウンターの開設準備を開始したそうだ。このように地方の活性化施設においても、外国人観光客の財布のひもを緩めるための取組が始まっているようだ。

話は変わるが、先日、大手卸売市場の果実担当部長から、大変興味深い話を聞いた。成田空港、羽田空港周辺のスーパーで、果実の売れ行きが絶好調だそうだ。細かな分析は出来ていないが、どうやら空港を利用する外国人観光客が、スーパーを訪れ、国産果実を購入し、ホテルに持ち帰って食べているようだ。日本の果実は世界一の品質を誇り、味覚も群を抜いて優れている。こうした情報が、外国人同士の口コミやネット、旅行雑誌などを通して広がり、購買の拡大に結びついているのではないかと思う。

こうした実態を正確に把握できれば、多様なマーケティング戦略が打てるのではないかと思う。まずは、どのような外国人観光客がスーパーで果実を買っているのかというターゲットの把握である。次に、どの品目や価格帯が売れ筋になっているのかなど、ターゲットの志向性・嗜好性の把握であろう。さらに、国産果実に関する情報をどのような経路で入手しているのか、情報源を明らかにすることも大切である。こうした市場調査が必要であろうが、現在のところ適切な調査が実施されていないことから、有効な戦略を打てない状況にある。

外国人観光客を対象に、訪日する前に情報を発信し、日本での購買動機を高めるような手法がとれないかと思う。例えば日本の果実は世界一おいしいという情報や、その果実はここで買えるといった情報をターゲットに適切に提供することに加え、売場において外国語表記のPOPなどを展示すれば、売上拡大につなげることができるように思う。さらには、産地で開設されている観光農園へ、外国人観光客を引き込むような仕掛けもできるかもしれない。

現在、多様な産地が香港やシンガポールなどへ農産物を輸出する動きが見られるし、海外でアンテナショップを開設する例もみられる。こうした海外拠点を単なる販売先と位置付けるのではなく、潜在的な外国人観光客への情報発信拠点であり、マーケティング拠点とすることも有効であろう。また、インターネットの国際的な普及を踏まえ、国内の情報を外国人観光客自ら見つけてもらえるような、インバウンド型のマーケティング手法も研究する必要があろう。

和食が世界文化遺産に登録され、世界的にも関心が高まっている。和食の優れている点は、国産の素材のおいしさが卓越しており、その素材が持つ魅力を最大限引き出す料理方法をとるところにある。海外の料理のように、香辛料の味でごまかすのではもなく、素材の味を殺してしまうような煮込み方や焼き方などに依存するものでもない。こうした食文化の特異性をもっとPRし、「食」を売り物にするだけでなく、素材も売り物にしていくような海外向けの情報発信も必要であろう。

外国人観光客は、今後も確実に増えていくことだろう。日本の観光地ランキングは世界9位まで上がってきたが、日本の食文化、素材、さらには素材を生み出す一次産業と産地などをもっとPRすることで、日本の観光地としての魅力はさらに高まるだろう。そして、日本を訪れる外国人観光客をターゲットとした適切なマーケティング戦略を打つことで、お互いのメリットとなり、さらにお互いを理解しあえるような仕組みが出来るのではないだろうか。