第26回 | 2010.11.22

地産地消のフルスペック ~「上越野菜」に見る行政施策~

現在、どこの市町村でも“地産地消”が重点テーマの一つになっている。地産地消の推進策についてはかなり研究が進み、農産物直売はもとより、農商工連携、産業クラスターの形成、あるいは市民との共生などの視点から効果的な行政施策を講じる市町村が増えてきた。その中で新潟県上越市は、「上越野菜」を核に地産地消を推し進めるためにフルスペックの行政施策を講じている。今回は、上越市の取組を踏まえ、行政は地産地消推進のために何をすべきか、何ができるのかを考察してみたい。

上越市は、人口約21万人の新潟県の中核都市である。都市部から一歩離れると、見渡す限りの田園地帯で、水田の耕地面積は約17,000haを誇る国内屈指の米どころである。一方、市町村合併により、総面積は約10万haと広大で、平野部、山間部、海岸部と変化に富んだ地形を持つ。歴史・文化資源も豊かで、戦国武将の上杉謙信の拠点であった春日山城が有名だ。ちなみに、過去この地域で私は2年間、はざかけ米のブランド化や農業公社の経営改善などの仕事をさせて頂いたことがある。
上越市においては、平成21年度より地産地消に視点を当てた「上越野菜」の振興戦略が開始されている。地域に古くから栽培されている野菜のブランド化を図る一方、産業クラスターの形成を促進するとともに、地域産業の活性化を目論んだ取組である。また、平成27年度には上越新幹線が開通することから、「上越野菜」を活用した食文化の創造や特産品開発を通して、観光客の誘致にもつなげていきたいと考えている。では、さっそくそのフルスペックを見ていこう。

①推進主体となる「上越野菜振興協議会」の設立
②認証マークによる普及活動の展開
③飲食店との連携による食文化の創造
④料理教室の開催によるメニュー開発
⑤食育活動の展開による市民啓発の促進
⑥各種イベントへの参加による相乗効果の発揮
⑦各種メディア等を利用した宣伝活動の展開
⑧JA等による「上越野菜」の栽培指導と普及
⑨「協議会だより」の発行による持続的広報活動の展開

紙面の関係上、すべてを紹介できないので、特筆すべき事項について紹介する。

まず②についてである。現在多くの自治体が認証マークを発行しており、地場野菜の認知向上とブランド化を進めている。認証制度には、特別栽培に代表される栽培方法の指定によるものや、特定品目の指定によるものなど様々な方法がある。上越市では、「高田シロウリ」「曲がりねぎ」「仁野分しょうが」などの11品目を伝統野菜として、また「なす」「オータムポエム」の振興作物2品目を特産野菜として認定している。生産者などが有料で認証シールを購入し、みずから貼り付け販売することが基本であるが、上越市の工夫は生産者だけでなく、上越野菜を販売・加工・調理する実需者(流通業者・飲食店・食品加工会社など)にもシールの利用を促進している点にある。こうした仕組みにより、農商工連携を進め、市内全体で上越野菜の振興を図ることを狙いとしている。

③では、地域の料理人の有志(10店舗)が「上越の食を考える会」を結成し、季節ごとに3種類の食材を決め、オリジナルの郷土料理の定食メニューなどを提供している。各店舗は上杉謙信にあやかり、「上越 義のふるまい」というネーミングののぼりを掲げ、豊かな地域食材を使い「義の精神に通ずるおもてなしの心」を持って提供することをコンセプトとして活動している。また、地域の老舗味噌醸造場である山本味噌では、「なますかぼちゃ」をはじめ、上越野菜を活用した「みそ漬け」商品を開発、販売している。飲食店や加工メーカーなどを、歴史に裏打ちされた理念や共通ルールのもと、連携先として取り込んでいる点が注目できる。

④は、野菜ソムリエを招聘し、市民向けの「上越野菜まるごとクッキング」という料理教室を開催したことに加え、一級料理人によるプロ料理人向けの料理教室を開催している点が興味深い。講師には、日本料理松風園の料理長・中原久雄氏を招聘し、受講生の21名はいずれも市内のプロ達で、上越野菜を使って「秘伝の技」を伝授するという趣旨で開催した。上越野菜料理10品目について改善点などの指導を受けた後、「頸城オクラ 若鮎博多桃酢かけ」、「越の丸茄子 醍醐餡かけ」については実践的な技術指導を受けた。一般市民だけでなく、料理人の意識・技術を高揚させ、市内全体の食のレベルを押し上げていこうという狙いである。

上越市は典型的な稲作地帯であるが、米+αの複合経営を確立し、農業経営を安定させていこうという狙いがある。そこで⑧に示したように、JAや普及センターなどが一体となって栽培指導にあたり、本格的な産地化を目指そうとしている。また、協議会組織が中核となって活動を展開していることから、⑥各種イベントへの参加などと相乗効果が発揮でき、テレビ、新聞などからの注目度は高く市民の認知も飛躍的に向上した。

地産地消を推進するためには、地域の生産・加工・流通・消費を一体的に喚起させる必要があるが、上越市はこうした地域構造・流通構造を戦略的に変えていくことを目指し、フルスペックの施策を講じている。もともと生産力・企業力・消費力が高い地域であるが、地域が一丸となって取り組むことで、短期間で成果を上げている点は大いに評価できる。また、協議会メンバーはもとより、市の職員達が確固たる信念と戦国武将張りの情熱を持っていることが大きな推進力となっていることも忘れてはならない。まだ開始して間もない取組であるが、数年後は間違いなく、全国自治体職員向けの教科書のトップページを飾ることになるだろう。