第85回 | 2012.02.22

地域農産物ブランド制度を確立せよ!  ~市川農産物ブランド化推進業務より~

前回のKAB研究会には、神奈川県のブランド戦略課の河合課長を講師にお招きしたが、その際河合課長は「行政がやるブランド事業はたいてい失敗する」と言われていた。現状を見ると、私も同感である。ではなぜ失敗するのか、その根本的な原因は、より多くの地域の生産者に参加してもらいたいと願うことから、価値もない産品に対し「ブランド」という冠をつけようとするところにあるのだと思う。

今年度は、千葉県市川市より「市川農産物ブランド化推進業務」を請け負い、これまで認証制度の導入に向けた調査・検討を行い、ようやくその素案が出来上がったところである。この度とりまとめた制度案は、全国に類を見ない独自の内容であり、私としても非常に納得できるものである。それを実現できたのも、市内の生産者・市場・JA・消費者・県・市の代表者によって構成された検討委員会の委員の皆さん、及び市担当者の熱意と卓見によるところであり、改めて敬意を表するとともに、一貫した協力姿勢に対し感謝したい。

市川市は、人口48万人を誇る大都市で、典型的な都市農業地域である。なしは「市川のなし」としてJAがブランド化を進めており、その他にもトマト、きゅうり、ねぎなど多くの農産物が生産されている。販売形態は、市場出荷に加え、都市農業のメリットを活かし、スーパーへの直販、庭先直売など多様である。市内には、公設卸売市場があり、市場再編の流れを受けて一時は崩壊の危機にあったが、長印市川青果が運営を引き継ぎ努力を重ね、再生した経緯がある。こうした経緯から、多くの地方卸売市場が求心力を失う中で、地域生産者の長印市川青果への信頼が厚いことも地域農業の特長の一つと言える。

さて、この度取りまとめた「市川農産物ブランド認証制度(案)」の、最大の特徴は、市川農産物ブランドの定義を、高い生産技術を持った市内篤農家と、篤農家が生産した鮮度が高く安全でおいしい農産物であり、高い価値を持つ生産者とその産品を認定・認証することにある。認定する生産者は、栽培の安全基準を厳守し、生産履歴の記帳を徹底しており、要請に応じていつでも履歴を公開できる生産者であること、JAの生産部会に所属し、JAから指導を受けている生産者であること、日々生産技術の向上、農産物の品質向上に向けて研鑽する生産者であることなど、6項目に渡る条件を満たす必要がある。

2,600名いる市内生産者のうち、おそらく、この条件を満たす生産者は市内で100名に満たないだろう。多くの生産者を切り捨て、一部の生産者にのみにスポットを当てる仕組みは、一般的には行政は選択しない。しかし、これだけ食の安全が叫ばれている中で、生産履歴の記帳が出来ない生産者を認定する訳にはいかない。また、品質がよくない農産物をブランドと呼ぶことは、消費者をだますことになる。また、真の篤農家と、趣味的な農業をやっている生産者を同じ基準で評価しては、篤農家たちは納得できない。そこで、高いハードルを設け、これをクリアした生産者に限定した制度とすることで、地域で目指すべき農家像を明らかにし、若手農家が目標を持って農業に取り組み、後継者が育つことを狙いとした制度とした。

ブランドコンセプトは、「市川の農の匠たち」であり、認定農家の名前入りのロゴをシールなどに活用できる内容とした。名前入りのシールを活用することで、市民には生産者の顔が見え、生産者はプライドと責任を持って農業に取り組める。消費者から商品に対し苦情が出た場合、的確な対応ができる生産者であることも認定農家の条件とした。また、認定手続きの簡素化の面でも工夫を加えた。他市の制度では、複数の書類を作成し、2年ごとに更新しなくてはならないなど、煩雑なものが多い。そこで、この度の制度案では、6つの内容を誓約できることを認定農家の条件に、市長が認定し認定証を授与する一方で、認定農家は誓約書を市長に提出する仕組みとした。また、認定期間は原則永年とし、高齢化などで認定農家が自ら限界を自覚した場合、自主的に認定証を返還するものとした。

もう一つの特徴は、地産地消に販路を絞り込み、販売統制を図ることにある。この制度は、地産地消の流通システムにより、認定農家及び認証農産物を広く市民にPRすることで、安定した価格での有利販売を実現し、認定農家の所得向上を実現することを目的としている。認証農産物は、農家の直売ルートにに加え、、市場経由で市内のスーパー・八百屋など限定して販売する方針とした。認定農家の農産物を取り扱う市内の小売店・直売所は「市川ブランド農産物取扱店」として、冊子・ホームページ等で市が継続的にPRする予定である。市民は地産地消の流通システムにより、鮮度が高く安全でおいしい農産物を身近で購入できるし、地域の篤農家たちを知ることができる。市民という応援団があってはじめて有利販売が実現するのであって、認証農産物が市外に際限なく流出してしまえば、他産地の農産物との差別化は困難である。

原則として、認定農家が生産する全ての農産物を「市川ブランド」農産物として認証する制度とした。ただし、認定農家は、市川市で生産量が多い11品目の生産に注力すること、市場が推進する地産地消にかかわる共同の販売促進活動に積極的に協力することなどの付帯条件をつけた。また、JAが指導事業・販売事業で全面的に協力することで、計画的かつ効果的な市内流通と販売促進を実現できる仕組みとしていく方針である。

検討委員である長印市川青果の和田社長は、「これこそ地方卸売市場が信念をもってやるべきことであり、また、これをやらずして市場の生き残りはない」と熱く語られた。また、農家代表である検討委員の方々からは、「この内容なら、やる気のある若手農家も制度に参加してくれるだろう」という力強い総評を頂いた。来年度は地域生産者の合意形成や流通にかかわる実証実験などを行い、運用上の修正を加え、1年後には制度施行する予定である。今後も積極的に支援し、全国オンリーワンの地域ブランドを確立させたいと思う。