第41回 | 2011.03.28

地域再生の仕組みづくりに向けて ~南房総市に完成した新たな流通システム~

大震災が農業に与えた影響はことのほか大きく、特に福島原子力発電所の放射能漏れによる、東北及び北関東の産地のダメージは計り知れない。一刻も早い終息を願うばかりである。

また、大震災による間接的な影響もいくつか露呈しつつある。その一つが観光型農業への影響である。ガソリン不足が深刻化し、都市部住民はドライブを極力控えるようになったことから、農村部にあるいちごの観光農園や、道の駅・直売所などの利用者は激減している。私が毎週通っている南房総市の道の駅・富楽里などでも、震災後の売上高は、対前年比を大きく下回る状況である。「都市と農村の交流」というキーワードで成立してきたビジネスモデル全体が、苦戦を強いられている。話は外れるが、私の地元の箱根などの観光地は、さらに深刻な状況である。計画停電で都心部からの特急電車が走らず、また、ガソリン不足で自家用車での訪問もままならず、観光客は激減している。このままの状態が続けば、多くのホテル・旅館が倒産に陥ることは明らかである。被災地の方々が苦しんでいる時に、申し訳なくて旅行なんて行けないと思うのも当然である。しかし、観光に携わる方々も、間接災害という名の被災者になりつつあることを認識して頂きたい。全国の皆さん、より深い理解のもと、どうぞ支援してあげて欲しい。

さて、こんな状況の中でも暦は止まってくれず、毎年同様、年度末はやってきた。流研の仕事はその約9割が官公庁なので、計画停電に苦しみながら、3月末までの報告書アップは死守しなければならない。今年も流研全体で約50本の業務を受注し、私個人が担当した業務も10本以上を数えた。その中で、やはり一番印象深いのが、南房総市で長年取り組んできた、新たな農産物流通の仕組みづくりに関する業務だ。今年は3ヶ年業務の最終年度であり、これまでの調査・研究を踏まえ、平成23年度からのシステム稼働に向け、いくつかの実証実験を行うなど最終調整業務を行った。以前、このコラムでも紹介したが、地域農業の再生手法の一つとして参考になると思うので、改めて紹介しておきたい。

南房総市では、特産品となっている「なばな」や「びわ」などはJAによる共販ルートが確立している。また、主として観光客を対象とした道の駅や直売所が多数存在し、地域農家の身近な換金の場となっている。その中で、市内の給食センターやスーパー・宿泊施設などに市内の農産物を流通させる地産地消ルートは存在しなかった。また、温暖な気候により冬場でも多様な農産物の栽培が可能であることから、都内の外食チェーンや仲卸業者などから再三に渡りラブコールを受けてきたにも関わらず、それに応える生産・集荷・配送の仕組みがなく、大きなチャンスロスを発生させていた。

南房総市が目指した新たな流通の仕組みは、そんなに複雑なものではない。一言でいえば、「地方卸売機能の再生」である。一昔前、地方卸売市場はどこでも、地域で生産された農産物をせりに掛け、買参人を通して地域に供給していたことに加え、都市部市場へも配送していた。つまり自ずと地産地消の中核的な役割を果たし、都市部での有利販売を実現していたことになる。しかし、地方卸売市場が弱体化するにつれ、市場流通が果たすべき重要な役割が消滅しつつある。南房総市では、こうした役割を再生することが地域農業の活性化につながると考えた。

市場機能の強化に向けて、いくつかの具体策を講じた。1つ目は、流通拠点施設の整備である。かつて花の結束加工場であった遊休施設を改装し、大規模な保冷・予冷機能を持った集出荷・保管施設を整備した。2つ目は、産品一括受発注システムと言う情報管理のソフトの開発である。このシステムは、農家の庭先集荷情報をハンディタイプの入力機でインプットできるなど、取引情報を一元的に管理できることに加え、WEBにより産地情報・顧客情報を受発信することも可能な優れものである。3つ目は、これらの管理・運営を担う中間事業者の育成である。南房総市は、地域の卸売企業である鋸南青果株式会社との間に、流通拠点施設を活用して地産地消推進業務などを行うことを趣旨とした事業協定を締結し、鋸南青果を中間支援事業者と位置づけた。
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今後、南房総市は、この中間支援事業者を力強く育成していくことになるが、この中間支援事業者には従来の卸売企業では行わないような業務が義務付けられる。1点目は出荷者の育成・指導である。出荷者の掘り起こしと組織化、トレーサビリティの対応、計画的な生産への誘導、出荷者からの毎日集荷体制の構築など、業務領域は多岐に渡る。また、学校給食部会、都市部外食部会など、販売先別の出荷部会の設立も手掛けていく方針である。2点目は、積極的な販路開拓である。市内の実需者はもとより、都内の有力仲卸や直売所チェーンなどの販売先を開拓し、地域農産物の有利販売を実現する。さらに、将来構想としては、市内道の駅・直売所からの集荷や、逆に市内道の駅・直売所への配送まで手掛け、地域内での需給調整業務も手掛けていく方針である。
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生産から販売まで、ソフトからハードまで、一気通貫の仕組みをつくることで、地域の農家には、どんな品目でも出荷できる、規格外でもかまわない、少量でも出荷できる、出荷制限はない、近くまで集荷しに来てくれるなどの基本的なメリットを提示することが出来る。また、市内外の実需者と直接取引を進めることにより、計画的な生産・出荷ができる、安定した価格で取引できる、出荷コストが低減できる、大口の取引ができるなど、プラスαのメリットを提供できる。

一方、実需者には、例えば「減農薬で栽培したじゃがいも、にんじん、たまねぎを、年間を通して安定供給してもらいたい」、「前日または当日収穫した新鮮な農産物を、毎日午前中までに届けてほしい」、「カット用レタスを重量取引で1月~2月の期間、毎週200ケース欲しい」、「南房総市産だけでなく、千葉県の特産品も併せて調達したい」などのニーズに応えることも可能になる。

流通拠点施設が稼動する平成23年夏から、これらの仕組みの真価が問われることになる。地域の農業再生への道のりは長く険しいものになろうが、意欲に満ちた鋸南青果の役職員や、桁違いの行政能力を持つ市の担当職員たちを核に、必ずや目標を達成するものと信じている。私たち流研も、事業の成功に向けて全面的に支援し、新たな地域再生モデルを全国に示していきたい。