第64回 | 2011.09.12

地域・農家との連携なくして成功なし  ~農業生産法人設立方式での参入モデルを考える~

農地法改正を受けて、企業の農業参入は再び拡大傾向にある。その一方、様々な事例の研究を通して、改めて農業という産業への参入の難しさが明らかになり、参入に対して慎重な姿勢をとる企業も多い。農業参入には、様々なビジネスモデルが考えられるが、「地域・農家都の連携なくして成功なし」と言うのが私の一貫した主張である。企業、特に大企業の多くは、農家に出来ることが企業に出来ない訳がない。法的な障害さえなくなれば、企業が持つ経営力と資本力で何でもできる。農業は未成熟な産業で未開拓な可能性を持っているなどと、かなり安易な発想を持っているところが多い。

しかし現実的には、参入したほとんどの企業が大幅な赤字を抱え、撤退をするケースも多々見られる。先日事情を知るある方から話を聞いたが、先駆的な事例としてマスコミにも多く取り上げられてきたワタミファームでさえ、累積赤字は7~8億円にのぼるという。飲食店チェーンの農業参入であり、生産した農産物は自社のグループへ自動的に販売されるという販路ありきの展開であることから、誰もが成功する可能性が高いと考えていた。その方の話によれば、しろうと達が現場を切り盛りした結果、現在もあるべき生産計画に対し実際の出荷額は半分未満などといった状況にあるらしい。農業参入を果たした多くの企業が、計画のとおり農産物が出来ないという、農業の原点でつまずいてしまっているようだ。農業は、農家という高度な技術を持った職人が行う産業であり、工業生産とは大きく異なることに留意しなければならない。

また、地域・JA・農家と敵対関係をつくったり、地域で浮いた存在になってしまう企業はやがて消える。これは、農業にあって他産業にはない考え方の違いである。農業は100の地域があれば100の生産技術が必要である。農地や土壌の状態、風土・気象条件などにより、理論的には出来るはずの作物・品目が出来ないケースがほとんどだ。これに対し地域の農家や県の普及員やJAの指導員などの力を借りながら、何十年にもわたる試行錯誤の末、適地適作の生産体系を築き上げている。地域で浮いてしまっては、そうした秘伝を習得することは出来ない。また、農村部では、用排水の管理や道路の修繕などの共同事業や祭りなどの地域活動が行われている。これは、農業をその地域で営む農家の義務であり、義務を怠るような企業が成功する訳がない。

一方、農業・農村には、後継者不足、資金不足、情報・ネットワーク不足、産業として持続性の欠如、さらには地域活動の停滞など様々な課題が存在する。また、6次産業化やマーケティング型農業など、あるべき方向性はわかっていても、日々大地と向き合い現場にしがみついて働く農家に、様々なことを考えろ、やってみろということ自体に無理がある。国の施策は大きく変わり、企業は多様な担い手の一つであると位置づけられるようになった。企業が農家と地域の課題を克服し、農家と地域が企業の課題を克服するという共生・共同型の事業展開が出来ないかというのが、私が考え続けている視点である。

企業の農業参入の方式としては、リース方式と農業生産法人の設立・出資方式の2つがある。私が薦めるのは後者の方式だ。リース方式については、農地法の改正によって、原則的にどんな農地でも企業が借り受けて農業生産行為ができることになったが、現実的には借り受けようとする農地のほとんどが、農家が見捨てた耕作条件が不利な農地である。市町村は相変わらず耕作放棄地対策として企業参入を進める動きが見られるが、個人的にはこうした市町村の姿勢は、あまりに虫がいいものだと思っている。プロの農家が見捨てた農地で、しろうとの企業が農業をやって成功するわけがない。耕作放棄地対策として、国も全国の自治体も躍起になっているが、収量が上がらない、良い作物はできない、作業効率が悪い農地を活用して、強い農業が育つわけがないし、企業が新たな担い手になるということは幻想に過ぎない。市町村は、リース方式により企業農業参入を進める場合、条件のよい遊休農地を積極的に提供するという考え方を持つべきだ。近年増加しているNPOや社会福祉法人など、非営利目的の団体が耕作放棄地を活用するのはかまわない。しかし、ビジネスとして農業参入を考えた場合、相当の条件が整わなければ、大幅な赤字を囲い込んで徹底を余儀なくされ、そのつけは市町村に回ることになろう。

一方、農業生産法人設立方式では、地域・農家との連携が前提になる。連携することで、事業としてのうまみは分散されるが、スキームさえ間違えなければ着実な事業成果が期待できると考える。リース方式では、参入した企業が生産から販売まで自力で担うことになるが、連携により企業が最も不足している生産技術や優良農地などの経営基盤を確保することができる。さらに、販売面でも、連携する農家などが持つ販路を有効活用することで、余剰農産物を価値に変えることも可能である。

その先進事例は、過去に紹介した野菜くらぶとモスバーガーの共同出資会社である「サングレイス」であろう。モスバーガーは、6,000万円を出資し、群馬と静岡にそれぞれ1.8haのトマトの生産拠点を整備した。モスバーガーは、自社で必要なL玉だけを買い取り、全量の約7割を占めるM玉・S玉は、自由に販売してもよいというビジネスモデルである。安定的な取引を前提に、生産銀場はすべて野菜くらぶに任せ、金を出しても口は出さない原則を徹底し、初年度から黒字経営を実現している。

東日本旅客鉄道(JR東日本)は、「JAやさと」(茨城県石岡市)などと共同で農事組合法人を設立し、農業に参入している。農事組合法人「みどりの線路」の出資金は52万円で、JAやさとと地元生産者が各46.1%、JR東日本の子会社である日本レストランエンタプライズが7.7%を出資した。JR東日本は駅中の立ち食いそば店などで出る食品廃棄物をたい肥にして農作物を生産する実験農園を運営してきた経緯がある。現在約3haの農場で地元の生産者と協力し、ねぎやにんじん、はくさいなどを生産し、駅の立ち食いそば店などの食材として供給している。需要が拡大すれば沿線沿いの複数の農園で事業を拡大する方針である。

牛丼チェーン大手の吉野家は、神奈川県で農業に本格参入した。地元の農家との共同出資で農業生産法人を横浜市青葉区内に設立し、食材のたまねぎを生産する。農業法人の資本金は170万円で、吉野家が10万円、残りを提携農家3人と共同出資した。「吉野家ファーム神奈川」は、農地約3反を賃借し、農家の指導を受けながら栽培して年間約20トンを収穫している。将来的には、農地面積を5町歩程度に拡大し、収穫量も300トン程度に増やす計画。生産品目も今後、副菜に使われるキャベツや白菜、大根なども加えるという。

イトーヨーカ堂は、千葉県の「JA富里市」と共同で農業生産法人を設立し、農業に参入した。およそ約2haの農地を農家から借りて、ほうれんそうやキャベツなどを作り、近隣のイトーヨーカドーの店舗で販売している。生産から販売まで手がけることで、食の安全への関心の高まりに応えるほか、食品のゴミを肥料としてリサイクルする狙いもある。今後全国10ヵ所程度に法人を増やし、国内すべてのイトーヨーカドーで販売したい考えで、一般企業の農業参入としては最大規模となる見通しである。一方イオンでは自己資本100%子会社を設立し、リース方式で農業参入を実現している。私はイトーヨーカ堂に軍配があがると確信しているが、今後の動向を注視して行きたい。

これらの農業生産法人設立方式の取組でも、課題は山積していると考えられる。しかし、地域・農家というパートナーを手に入れたこと、地域の農業振興に貢献するという御旗を掲げたことは、非常に強固な経営資源になるだろう。どんなに資本力がある大企業も、「地域・農家との連携なくして成功なし」である。今後の農業参入モデルを考える上で、忘れてはならない極めて重要なキーワードである。