第65回 | 2011.09.20

地域・農家との連携なくして成功なし② ~「法人の農業参入セミナー」より~

去る9月17日、池袋のサンシャインシティにおいて全国農業会議所などが主催する「法人の農業参入セミナー」に参加した。このセミナーは、同時開催された新規就農相談会の会場の一角で実施され、農業参入を検討している企業や受入を希望している市町村担当者など、50名程度が参加した。前回のコラムでは、企業の農業参入のポイントについて述べたが、この度は、セミナーの報告を兼ね、第65号と同様のテーマについて掲載する。

セミナーで先ず、日ごろ懇意にさせて頂いている農政調査委員会の槇平主任研究員より「一般企業の農業参入をめぐる情勢と課題」というテーマで基調講義があった。講義では、食糧消費構造が変化し食の外部化が進む中で、食品産業の原料調達手法が、市場調達→産地との直接取引→農業参入による自社生産へと変遷していることについて話があった。一般企業の農業参入は進んでいるが、企業と受入側の市町村に思惑の違いがあるとの指摘が興味深かった。企業が農業に参入するモチベーションは、経営の多角化、原料調達の円滑化、既存従業員の就労の場の確保などがあげられる。一方市町村側は、耕作放棄地の解消、地域特産品の生産振興などを企業に期待する傾向が見られる。また、市町村の姿勢として「企業から相談があれば対応する」という回答割合が7割を超え、「積極的に推進したい」は1割強に過ぎない。最後は食品関連産業の原料調達を巡る新しい動きについて話があったが、その中で、ドールは既に国産ブロッコリーの生産量の8%を占めるシェアを握っており、企業の農業参入が進み事業が肥大化すると、市場さえコントロールする力を持つ危険性があるという指摘が面白かった。

続いて、農業に参入した企業から事例報告があった。事例報告の1番目は、建設業界から農業参入を果たした新潟県の(株)小田島建設である。小田島建設では現在、水稲約12ha、そば約2ha、丸ナスがハウス4棟、加えてブルーベリー40aの生産規模を持つ。農地は地域からの要請を受け徐々に拡大してきたことから、総じて条件が悪い農地が分散している状況にある。一方、丸なすは、地元の農家からの指導を受け相応の品質レベルを生産できるようになった。販売はいずれもJA主体であり、地域と密着して農業の取り組む姿勢が見て取れる。参入から5年以上が経過し、収支トントンまでこぎつけたが、今後も大きな利益は期待できないと言う。しかし、本業の社員を有効活用することで、会社全体の経営改善につながっていることに加え、農業という新しい分野へチャレンジすることにより社員のモチベーション向上につながるなどのメリットがあると言う。建設業から農業への典型的な参入事例であるが、会社が農村社会の一員として農業にひたむきに取り組む姿が地域に求められた成功事例と言えよう。

事例報告の2番目は、醤油などの製造を行う食品メーカーがオリーブ栽培を始めた香川県小豆島の(株)ヤマヒサであった。この事例は地域活性化を実現した優良事例としてあまりに有名だ。小豆島では昭和38年当時、約130haのオリーブ畑があったが、その後輸入自由化などの影響により、平成10年の栽培規模は約30haまで縮小した。小豆島の他の産業もどんどん衰退していく中で、島の産業を再生したいという強い思いから、植松社長を中心に官民が一体となってオリーブ栽培を拡大した経緯がある。平成15年に「小豆島・内海町オリーブ振興特区」の認定を受け、ヤマヒサ自らが生産に取り組む一方、島全体で耕作放棄地の復旧に力を入れた結果、現在のオリーブ栽培面積は約100haまで持ち直している。ヤマヒサでは、オリーブ油の製造販売に加え、葉の効用に着眼したオリーブ茶を商品化し、現在キャンディーや石鹸などの開発を進めている。「島の産業再生」という理念のもと、地域の中核企業が農業参入した稀有な成功事例と言える。

2つの事例報告を聞いて、「地域・農家との連携なくして企業の農業参入に成功なし」という持論を改めて確認できた。農業に参入しようとする企業は、企業のルールや手法は、農業・農村のルールや手法とかなりの差がある点に着目するべきである。一方、地域も農家も基本的には人がいい。頭を低くして教えを請い、地域の一員となる覚悟、地域と共に豊かになろうとする覚悟があれば、力強い支援者になってくれるはずである。

一方、市町村の姿勢にも改善の余地がある。先ずは「相談があれば対応する」という基本的な考え方に疑問が残る。こうした市町村では、企業からの相談に対し、農地法上の理屈をマニュアル通り説明にするに留まっている担当者が多いのではないだろうか。また、参入企業の約1割が農業から既に撤退してる現実を踏まえ、撤退したらどうするのかばかり論点にしている市町村が多いのではなかろうか。多くの地域では、むしろ自力では担い手減少にも耕作放棄地の拡大にも歯止めを掛けられないのが実状である。そうであるなら、撤退したらどうするのかを論じるよりも、企業という新たな担い手を本気で育て、撤退させないような指導・支援をするのが筋ではなかろうか。耕作放棄地や条件が不利な農地ばかりを企業に押し付け、一方で地域振興という義務を強要するのは虫が良すぎるのはないかと思う。

企業の農業参入は、今後の日本の農業のかたちさえ変える大きなテーマである。現在企業も行政も研究途上であるが、「地域・農家との連携なくして企業の農業参入に成功なし」である反面、「企業の農業参入なくして地域農業の再生なし」と言える時代になりつつある。双方が半歩ずつ歩み寄り、お互いのことを本気で理解し合おうとすることで、明るくたくましい答えが見えてくるものと考える。