第207回 | 2014.09.22

地域の活力創造プランが始動 ~農村政策はどう変わるのか?~

農水省は9月8日に、「攻めの農林水産業実行本部」を発足させた。先に策定された「農林水産業・地域の活力創造プラン」を実行に移し、農家所得を向上させる具体策を検討する方針を示した。このプランは、農林水産業・農山漁村の所得を向上させ、地域のにぎわいを取り戻していくための更なる方策を示したものであり、産業政策と地域政策を両輪として捉え、推進していくものである。

産業政策では、経営感覚を持ち自らの判断で消費者・実需者ニーズの変化等に対応する「チャレンジする農林水産業経営者」が活躍できる環境を整備し、その潜在力を発揮させることによって、ICTなども活用し、6次産業化や輸出促進をはじめ、付加価値を高める新商品の開発や国内外の市場における需要開拓などを進める。併せて、農地の集約化などによる生産コスト・流通コストの低減等を通じた所得の増加を進め、農林水産業の自立を図る観点から現行施策を見直す。これらを一体として進めることにより、農林水産業の産業としての競争力を強化するとしている。

地域政策では、「強い農林水産業」とともに「美しく活力ある農山漁村」を実現するため、農林水産業と地域の活性化を表裏一体で進めていくことは重要であると捉えている。そして、美しい棚田などの良好な景観を形成している農村が、構造改革が進む中でも多面的機能を維持・発揮できるようにする取組を進めるとともに、森林などの地域資源や地場産品を核として雇用を創出し地域で経済が循環する仕組みの確立にチャレンジするなど、農山漁村の有する潜在力を発揮するための施策を府省連携により進めていくとしている。

これらの産業政策と地域政策を両輪として、農業・農村全体の所得を今後10年間で倍増させるという大目標を掲げている。「国内外の需要拡大」「需要と供給をつなぐバリューチェーン構築」「生産現場の強化」「多面的機能の維持・発揮」の4本柱を提示し、具体策には輸出拡大や6次産業化、農地中間管理機構(農地集積バンク)を通じた担い手への農地集積などを進める方針である。こうした政策を通し、若者たちが希望を持てる「強い農林水産業」と「美しく活力ある農山漁村」を創り上げるとしている。

記者会見で、西川農相は「これまでの(農水省の)仕事は、少し生産に偏り過ぎてはいなかったか、生産と需要の開拓の両方を一緒にやって農家の所得の向上につなげていきたい。所得を向上させて若い人たちが農林水産業に戻ってきてくれる、これを願って政策を実行していきたいと思う」と述べている。また、輸出についても「これまで東南アジア、身近な国に目が向いていたが、やはり人口が多いヨーロッパの5億人、米国の3億1000万人の人口を対象に少し高めの目標をつくらせていただきたいと思っている」と、新たな農林水産物輸出目標を打ち出すことを明らかにした。

その中で、農村政策に対するトーンが変化していることが注目される。西川農相は就任当初から「個別の農家の所得が増えても農村のにぎわいは回復できない」との考えである。担い手への農地集積だけでなく、離農した小規模農家の就業機会の確保も課題に挙げる一方、農家所得を増やすには、他産業と組み、農家が価格決定権を持てる仕組みが必要であると言われており、実行本部の論点になる見込みだ。という。また9月2日付けの日本農業新聞では、農林水産省は、米価の下落に備えて所得を補填する、いわゆるナラシ対策を見直すことにし、そのための予算を概算要求に入れたと1面トップで伝えている。

見直しの内容は、小規模農家もナラシ対策の対象にするというものである。この見直しは、これまでの農政の流れを明らかに変えるもので、市場型農政から協同型農政へ再び政策転換しようというものだ。市場型農政とは、市場原理主義に基づいて、小規模農家を切り捨て、競争力が強い大規模農家に支援を集中し、農業の産業化を図る農政である。これに対して、共同型農政とは、競争力が弱い小規模農家がたがいに共同し、助け合って経済的強者に立ち向かう活動を重視し、それを助長する農政である。

これまでは、小規模農家が共同して市場に臨むことは、自由な市場競争を歪めるという論理が主流になっていた。他の産業界からの圧力もあって、競争力が弱い小規模農家を「温存」していては、いつまで経っても農業は産業として独り立ち出来ないと考える風潮が強かった。したがって、小規模農家の共同活動を担う農協は解体すべき存在であるとして、しきりに解体論議を進めてきた経緯がある。また、前政権政党の民主党は、共同型農政を展開していたが、野党であった自民党は、共同型農政は、構造改革に逆行するもので、選挙めあてのバラマキだと批判してきた経緯がある。こうした経緯があるにもかかわらず、再び農政は市場型から共同型へ転換しようとしているように見受けられる。

市場型農政が正しいのか、共同型農政が正しいのかについては、この10年間、盛んに論議されてきたことである。そしてこの間、規模を拡大する農家や法人化する農家は増加し、農協離れは確実に進んでおり、共同型から市場型への農業構造改革はじわりと進展してきたように思う。一方、共同型社会という性格を元来持つ農村の担い手は高齢化し、遊休農地は急増して、多くの集落が崩壊危機を招く結果となっている。しかし、ほとんどの農村で作られている米は、慢性的な生産過剰で、今年も価格の下落が止まらないが、これは小規模農家がたくさん米を作り過ぎている結果と言える。市場型農政をさらに推し進めれば、耕作放棄地は拡大するだろうが、小規模農家が減少し米を作らなくなり、米価の下落は止まるだろう。逆に、共同型農政に軸足を置くようになれば、小規模農家は生き残り、米価の下落はさらに進むことになる。

ご存知のように、第二次安倍政権の政策の目玉の一つは「地方創生」であり、農林水産大臣を務めたことがある石破氏を地方創生大臣に据えた。地方創生という漠然としたキャッチフレーズを地域農政の視点で捉えた時、どのような施策を展開するのか、市場型なのか共同型なのか不透明感が強い。

私の持論は、国は市場型・共同型をバランスよく進めることを前提に、各自治体が選択と集中による思い切った農政を実施するしか地域の生き残りはないと考えている。全ての農地は守れない。財政が豊かなら、耕作放棄になっても当然な農地、近未来的に崩壊が明らかな集落に財源を投下し続ければよい。しかし、人口減少社会の中で、将来像が描けない以上、守るべき農地・捨てるべき農地の色分けを明確にし、守るべき農地、今後育成すべき担い手・作物を選択して、政策を集中投下するべきだと思う。地域は、大規模農家・農業法人を育成する市場型農政と、地域ぐるみの集落営農と産地化を進める共同型農政をバランスよくミックスした展開が重要である。

集中戦略として、あるいは地域創生戦略として、最も効果が高い施策の一つが道の駅などの拠点整備であると考える。箱もの行政として批判を受けがちであるが、地域農業の構造改革を進める大きなきっかけとなり、地域の生産者・住民のよりどころになることは間違いない。赤字運営などを懸念する声は依然多いが、このまま何もしなければ衰退することが明らかなことが分かっているにもかかわらず、何もしないのは行政マンの怠慢であろう。

国の農村政策が再び共同型農政へと転換する中で、各地域は何をするべきか考えて欲しい。ころころ変わる国政を批判するだけでなく、国政を活用することを考えるべきである。そして、それを地域の実に結び付けるのか、行政マンの手腕が試されることになろう。