第156回 | 2013.08.19

地域のブランド戦略を考える ~身の丈に合ったマーケティング手法を考える~

ブランド化は、全国共通の取組テーマだ。しかし、ブランド化に成功している事例は、ほとんどないと言っても過言ではない。その原因は、「ブランド」と言う言葉だけが先行してしまい、適切なマーケティングができていないことにあると考える。

ブランド産品とは、市況に左右されない価格形成力を持ち、安定的な売上を確保できる産品である。また、ブランドとは、生産者・流通業者・消費者を「信頼」でつなぐ絆のような存在だと、私は捉えている。ブランド化を進めるためには、先ずはその産品が「価値を備える」こと、流通業者・消費者に適切に「価値を伝える」こと、そして品質の維持など「価値を管理する」こと、の3つが基本的な条件となる。

「価値を備える」とは、他のものとは異なる付加価値を持つことである。例えば農産物の場合、品質の価値(おいしさ、成分・栄養素、見た目・規格など)に加え、届け方の価値(鮮度、熟度、パッケージ、流通ルートなど)、生産者・組織の価値(篤農家、生産法人、JA部会など)などが存在する。これらの価値を複合的に備えることで、ブランド価値は高まることになる。

「価値を伝える」とは、いわゆるプロモーション戦略を意味する。ターゲット・販売先の絞り込み、伝える内容(名称、ロゴ、キャッチなど)、絞り込んだ対象への効果的なPR・販売促進活動、の3点セットにより構成される。

「価値を管理する」とは、流通業者・消費者の信頼を裏切らない品質などを維持し続ける仕組みを意味する。一度でも粗悪品が出回ったり、安全性を損なうような事件が発生すると、ブランド価値は失墜する。これが最も大変な取組であり、何年、何十年もの期間、品質の価値、届け方の価値、生産者・組織の価値を維持、あるいは向上させるために努力し続けることが必要である。

ブランドには、全国ブランド、地域ブランド、個人ブランドなどが存在する。全国ブランドとなるためには、「夕張メロン」や「春日井の桃」のように高位平準化されたロットと高度な技術集団としての生産組織が必要である。一方、個人の生産者であっても、「小澤さんのトマト」といったように、スーパーや直売所で固定客が存在し値崩れしない商品は、ブランド品と言える。その中で、現在全国で取り組もうとしているのは、地域ブランドという領域であろう。

地域ブランドの推進手法として、「矢切ねぎ」、「加賀野菜」、「大間のまぐろ」、「関あじ・関さば」など、「地域名+商品名」をブランド名とする地域団体登録制度というものがある。しかし、登録数は現在500以上にのぼるものの、成功している事例は一握りである。地域名だけではブランドにはならないということだ。その反面、地域の歴史・文化、風土、伝統産業などを物語として活かせれば、全国オンリーワンの産品としてブランド化することは可能である。

地域ブランドを作るためには、様々な工夫や努力が必要であるが、「価値を伝える」というプロモーション戦略のうち、「ターゲット・販売先の絞り込みと効果的なPR・販売促進活動」について考えてみたい。例えば、ブランド力もないのに、都内の百貨店にいきなり売り込むなど、マーケティング手法を大きく間違えている地域が実に多い。地域で売れない商品が東京で売れる訳がないし、地域で販売実績がない商品には東京のバイヤーは見向きもしてくれない。

したがって、ブランドを育成・創生するためには先ずは、ターゲットを市民及び観光客に絞り込み、これらのターゲットとのコンタクトポイントをいかに多く持つかという視点が重要である。身の丈を知り、限られた予算や人的資源をここに集中投下するという考え方を持つべきである。例えば、現在全国ブランドになっている「花畑牧場」の「生キャラメル」は、発売当初、販売先を新千歳空港一か所に絞り、ここで店頭販促活動を集中的に実施した。また、ブランドのぶどうとして有名な「ルビーロマン」は、加賀温泉街との連携により、高級なイメージを定着させた。

話は少し変わるが、8月11日の読売新聞に中国での外資系百貨店の撤退が相次いでいるという記事が掲載されていた。日本の伊勢丹をはじめ、この2年間で9店もの百貨店が、業績不振により閉店に追い込まれた。中国人にとって百貨店は、それ自体がブランドであり、ブランド産品を購入できる信頼すべきチャネルであったはずだ。撤退の要因は、地代・人件費などのコストの急増に加え、ショッピングモールやネット通販など新たな販売チャネルとの競合激化にある。中国の百貨店業界は90年代に最盛期を迎えたが、その後は流通構造の変化が日本の数倍のスピードで急速に進み、百貨店はもはやブランドではなくなったと言えよう。

この記事を読んで、2つのことを考えた。日本でもブランド化を進めるとき、百貨店での販売や催事への参加を検討する。相応のPR効果はあろうが、流通チャネルが多様化する中で、流通コストが高い百貨店への販促などが、必ずしも効果的ではなくなったということだ。もう一つは、日本の農林水産物・食品の輸出を進める場合、ブランド品としての取扱が期待できる現地百貨店を販売先とするケースが非常に多いが、もはや百貨店だけをパートナーとして選定する時代は終わったのではないかという点だ。中国だけでなく、香港もシンガポールもタイも今後急速に流通構造が変化していくであろう。その流れを見極めないと、日本の輸出戦略は大失敗することになる。

ブランド化というテーマは、奥が深すぎて全てを語るとなると1冊の本ぐらいのボリュームが必要だ。本日は、「身の丈のマーケティング」というテーマで、ターゲットとコンタクトポイントの絞り込みという話の一端をさせて頂いた。ブランド化に取り組む地域は、冷静に己の実力を分析し、誰にどのように情報を伝え、どのチャネルで固定客を獲得していくのかについて再検討頂きたい。