第291回 | 2016.08.01

国策に揺れ動く地域の現状・課題
~制度変更による混乱と地域農政のゆくえ〜

ゲタ・ナラシ対策(経営安定対策)の交付対象者は、27年産から認定農業者、認定新規就農者、要件を満たす集落営農に絞り込まれる一方で、規模要件が廃止された。また、交付対象となる集落営農の要件は2要件(組織の規約の作成、対象作物の共同販売経理の実施)に緩和された。その結果、平成27年度の畑作物の直接支払交付金の支払対象者は、昨年度より24,171件少ない44,928件となった。

諸外国との生産条件の格差により不利がある農産物(麦・大豆など)について、標準的な生産費と販売価格の差額分に相当する額が交付され制度が、いわゆる「ゲタ対策(畑作物の直接支払交付金)」である。一方、価格が下落した際に収入を補てんする保険的制度が「ナラシ対策(米・畑作物の収入減少影響緩和対策)」である。

さて、これらの対策の制度変更により、全国の地域でどのような変化が起こったのだろうか。最大の変化は、認定農業者の大幅な増加である。認定農業者とは、自らの農業の5年後の目標やその達成に向けた取組などを示す「農業経営改善計画」を作成して市町村に申請し、市町村が水準に照らして適切なものであるかなどを審査した上で、認定する農業者をいう。しかし、これまで交付金を受けてきた農業者でも、制度変更により認定農業者でないと対象から外れることから、市町村が主導して誰も彼も認定してしまったというのが実状であろう。

その結果、認定農業者=地域の中核的農家という図式は大きく崩れた。特に、地域によっては米と転作で麦・大豆を生産していた農家のほとんどが認定されるなど、従来の定義から大きく逸脱する認定農業者が急増したと言える。認定農業者の中には、5年後の発展的な目標などとても描けないような高齢の農家も多く見られるのが実状である。

一方、「人・農地プラン」においては、「地域の中心経営体または位置付け見込みの者」が、農地の受け手として記載されることになる。従来は、認定農業者=農地の受け手と考えてきたが、制度の変更により、認定農業者の多くが農地の受け手にはなれず、むしろ農地の出し手になっているといったケースさえ見られるようだ。

交付対象となる集落営農の要件緩和については、比較的に評価が出来よう。認定農業者になれない農家が比較的ハードルが低い集落組織をつくり、交付金の受け皿とするような取組を促進する狙いがある。各市町村でも要件緩和を追い風に集落営農組合の強化・拡充に向けて様々な仕掛けをしているが、集落営農の実態を見ると、その多くが高齢農家で構成されており、特に中山間地域にあっては、担い手が不在で崩壊の危機に立たされている組合も多いようだ。

国が描く担い手像は、大規模化・法人化をめざす認定農業者(新規就農含む)と集落営農組合であることは明らかであるが、地域農業の実態は、この目標と大きくかけ離れている。地域の農家と農業・農地を守るため、市町村は可能な限り国の制度を有効活用しようと必死である。しかしその結果、地域で多様なひずみが生じつつある。これが、果たして正しい農政なのかと疑問を抱かざるを得ない状況にあると言えよう。

もう一つ、地域に大きな動揺を与えている制度の変更は、農地中間管理機構の取組姿勢だ。農地中間管理機構とは、担い手への農地の集積・集約化を推進し、農用地の利用の効率化及び高度化の促進を図るための事業を行うことを目的として、県知事が「農地中間管理事業の推進に関する法律」に基づき指定した団体である。地域内の分散した農地利用を整理し、担い手ごとに集約化する必要がある場合や耕作放棄地などについて、農地中間管理機構が借り受け、必要に応じて基盤整備などを行い、担い手がまとまりのある形で農地を利用できるよう配慮して貸付ける事業を推進することを目的としている。

農林水産省によれば、機構を軌道に乗せるための方策を推進してきた結果、平成27年度の機構の実績は、初年度(26年度)の3倍程度に拡大し、県によって濃淡はあるものの、初年度の手探り状態を脱し自信を持って取り組む県が多くなってきているとしている。機構以外によるものを含む担い手の利用面積は、平成27年度は約8.0万ha増加し、政策目標(1年間に14万ha)の約6割に達した。しかし、年間集積目標面積のうち、機構による新規集積面積の割合は、全国で見ると11%にしか過ぎず、機構が担い手への農地集積に大きく貢献しているとは言い難い状況にある。

当初の機構は、農地の出し手と受け手の農地を無制限に募集しマッチングさせるという考えで取り組みを始めた。しかし現在は、県によって多少状況は異なるが、予め受け手が決まっている農地のみを対象に借り受ける方針に転換したといえる。機構としても合理的・効率的な事務作業を進めたいのは山々であろうが、これでは、地域集積協力金などのメリットはあるものの、農業委員会を通したこれまでの賃貸借と変わりがなく、機構本来の機能を発揮しているとは言えないだろう。また、耕作条件が不利な農地で、予め受け手が決まることは考えられないことから、耕作放棄地対策にもつながらない。このような方針の変更により、機構を見限り、独自の農地集積への舵を切り直した市町村も多いようだ。

さらには、米の生産調整(減反)の廃止は2年後に迫っているが、その場合の新たな制度設計については何一つ明らかにされていない。このような状況の中、農政の現場に立つ市町村は何をよりどころに政策を打てばよいのだろうか。地域の混乱をこれ以上助長しないよう、国・県は早期に方針とその対策を明らかにするべきであろう。

一連の動きを考え併せると、国は、農村政策の切り捨てと農業の産業化政策の加速化に舵をとっていると考えられる。小規模農家や耕作条件が不利な農地は自然に自滅させ、少数かつ大規模な農家が国際競争力を持てるような経営を加速していくことが狙いであろう。しかし、地域・市町村にとっては、小規模農家も大規模農家も地域の担い手であり、そこに定住し続けてきた市町村民であることから、共に守り続ける義務がある。こうした国と市町村のギャップが明らかになる中で、今後の地域農政は極めて難しい局面を迎えることになる。基本的には国策に従って事業・制度を最大限利用する一方で、そこから漏れる小規模農家・農村に対し、独自のきめ細かい施策を打つことが求められよう。