第56回 | 2011.07.19

国民的危機を乗り越えろ! ~安全性の証明と消費者力が鍵~

福島原子力発電所の放射能汚染問題が最悪の事態をもたらしつつある。福島県内の和牛から基準濃度を上回る放射能性セシウムが相次いで発見された。原因は放射能に汚染された稲わらを餌として利用したことにある。これまで経験がない大地震と放射能汚染という大災害が発生し、えさが不足している環境の中で、汚染の可能性がある稲わらを牛に与えたことに対し、一方的に農家を責めるわけにはいかない。また、指導自体が不徹底で、これらの稲わらを使ってはいけないことを知らない農家もいたようだ。

この問題に対し、イオン、ヨーカ堂などの流通大手は自主検査を早々に開始した。そして、厚生労働省は福島県全域の肉用牛の出荷停止を検討するよう原子力災害対策本部に要請し、対策本部はその旨を福島県知事に指示する方針である。牛の汚染状況の検査はできても、肉は解体しなければ検査できないことから、収束には相当の時間がかかるだろう。全頭出荷停止となり、これが長引けば、福島県の畜産業は崩壊だ。

放射能は、目に見えなければ臭いもしない。様々の食物連鎖の中で、悪魔のように忍び寄って来る。したがって、その抜本的な対策は極めて困難であり、疑わしきものは全て出荷停止という判断になることも分かる。この度の事件で、風評被害はさらに拡大し、長期戦に突入するものと考えられる。改めて放射能汚染問題が、産地にとって、国民にとって、とんでもない事態を招いている現実を認識せざるを得ない。産地や農家のことを考えると、残念で、くやしくてならい。

この度の事件を踏まえ、2つの方向の風評被害が拡大が懸念される。1つ目は、福島県農産物全般に対するブランド力の失墜だ。ある果樹農家からの情報では、これから出荷の最盛期を迎える福島の桃は、市場で値がつかないことが懸念されているという。これまでも農産物全般の買い控え現象が起きていたが、福島県=放射能汚染地域という消費者イメージが先行し、この度の事件がこうした購買行動をさらに助長させることが予想される。

2つ目には、福島県のみならず、県境を挟む他県への風評被害の飛び火である。特に稲わらから高濃度の放射能セシウムが出ていることで、他県の米も危ないのではないかというイメージを持つ消費者が増える可能性がある。事実、えさ汚染が発生した郡山市は原発から約60㎞、喜多市は約100㎞も離れている。現在北関東・東北の各全農は、メッシュを細かくして、放射能検査を実施する態勢を整備中である。この秋、悪い結果が出ないことを祈るばかりだ。問題は、JAの米の集荷率が下がり、個人直販などが拡大している中で、農協組織だけでは全ての地域の検査はできないことだ。仮に、検査を受けていない個人直販などの米から、流通過程において基準値を超える濃度が出るような事態になると、肉牛同様全量出荷停止などの最悪のシナリオも考えられる。

本来、個人直販なども含めて、全ての出荷者が出荷責任を持って自主検査を実施する必要があるが、現実的ではない。しかし、安全は100%担保されて当たり前で、1%でも問題が発生すると、全ての信頼が失われる。朝日新聞の記事に、「今回牛肉の買い控えが起きても、風評被害と呼ばないでほしい」という主婦連合会の事務局長のコメントが載っていた。基準値を超える牛肉が出回ったことは、風評ではなく、事実そのものだという見解であり、多くの消費者が同様の考えを持っていると言えよう。

私たちの神奈川県でも、「あしがら」茶の荒茶から基準値を超える放射能セシウムが発見された。生茶の段階では基準値をクリアしていたが、乾燥等の工程を経ることから荒茶の段階では濃度は当然高くなる。そして消費者は、この荒茶をそのまま飲み込む訳ではない。この当たりの基準値の考え方についても再検討が必要であろう。どの加工段階で、放射能濃度がどれくらいの数値を示すと、人体にどれだけの影響を与えるのか、国民に分かりやすい指標を提示して欲しい。

先ずは産地が数値を持って安全性を証明していくことしか、消費者の信頼を得る術はないだろう。すでに対策を検討中ではあるが、国・県・市町村とJAが連携を密にし、何とかこの困難な課題を乗り越えて欲しい。そして消費者は、安全が証明された農畜産物を適正価格で買い支えて欲しい。私がアワード審査員を務めるフードアクション・ニッポンにおいても、「食べて応援キャンペーン」の協賛をしているが、被災地の産品・食材を優先購買し、被災地を応援する運動をさらに盛り上げていきたい。

今、我々国民は、消費現場において、正しい知識と真の消費者力が問われているのかもしれない。かつて社会的問題となった残留農薬の中国産のほうれんそう、あるいは毒入り冷凍餃子などと、この度の放射能に汚染された牛肉は、類似性が極めて高いと思う。対象となった中国産品は、全量輸入停止になった。この度も福島県牛肉は全量出荷停止となる可能性が高い。その中で、国民の不安が高まれば、農畜産物を海外に求めようという動きが出てくる可能性も否定できない。そのような事態になれば、農業立国・日本は根底から崩れていくことになる。

検査態勢の強化と安全性の証明、正しい知識と真の消費者力という2つの取組を徹底し、被災地と非被災地、産地と消費地が共に助け合い、共生する社会をつくるのだと言う強い信念を持って、国民全員でこの国家的危機を乗り越えていきたい。