第12回 | 2010.08.18

国民意識を変革せよ! ~オーガニック市場の展望~

徳江倫明氏が代表を務める「オーガニックマーケット・リサーチプロジェクト」の調査報告書「日本におけるオーガニック・マーケット」が完成した。徳江氏は、大地の会やらっでぃっしゅぼーやの立上げを手がけるなど、オーガニック業界の第一人者であり、緻密で鋭い分析力に基づく多数の著作も手がけている。私は兼ねてから尊敬の念を抱きながら親交を重ねてきており、本調査に対し弊社からも僅かながら協賛金を提供していた。

報告書は200ページに渡る大作で、フードチェーンの流れに沿って生産者、食品加工メーカー、卸売業者、小売業者、消費者それぞれのオーガニックに関する意向や取組を徹底的に調査し、とりまとめたものである。欧米ではオーガニック市場が年々拡大しており、お隣韓国でも全農地面積に占める有機農業の割合が日本の3倍に達する中で、日本では全農産物に占める有機農産物の割合は0.18%に留まっている。報告書では、成長の阻害要因は何かを流通段階ごとに明らかにし、課題解決に向けた仕組みづくりまで言及しており、関係者にとって極めて貴重な情報を提供している。その中で私は特に、有機農産物・有機食品に対する消費者の購買動機にかかわる分析に大変興味を持った。現在、若い女性層を中心に有機農産物を食材として扱うレストランなどが流行し、にわかに有機農産物を取扱う小売店も増え、メディアでも再三とりあげられている状況にある。しかし私には、こうした消費者動向が、単に農業のファッションブームに過ぎず、一過性のものに終わってしまうのではないかという懸念もあった。

報告書では先ず、ほとんどの消費者が正確な知識を持たずに農産物を購入している実態を明らかにしている。この消費者調査を実施したところ、オーガニックという言葉は97%の消費者が知っていても、「有機農業」、「有機農産物」、「有機JAS」、「特別栽培」、「エコファーマー」等類似の用語があふれている中で、有機JAS法に基づく表示がどのような意味を持つのか正確に理解している消費者は5%に過ぎないという。これは、一連の諸制度が国民にとって分かりにくいという国の責任も大きいが、内容を消費者に伝え切れていない流通業者、そして理解・関心を深める努力を怠っている消費者にも責任があると言えよう。また、有機農産物の購入先についての回答では、スーパー、生協に続き、直売所が3番目にランクされたが、事務局で実態を調べてみると有機農産物を扱っている直売所は皆無だったという。つまり、直売所は農家から直送で安全・安心、だからそこで売っているのは有機農産物だろうといったイメージで、購入している消費者が大半であることを意味している。一方オーガニックのヘビーユーザーは、正確な知識を持つ人が多いという結果であったことから、現在の消費者層は、ブームに乗った無知識層と、本物志向の有知識層の二層で形成されていると言える。生産者、流通業者、そして国が一体となって、無知識層に対し、より正確な情報を伝え、啓発し続けることで、有知識層を拡大する努力が必要である。

報告書でもう一つ興味深かったのが、日本人の有機農産物等の消費者動機が、米国型の「利己的」なものであるという指摘である。利己的とは、有機農産物等を自分や家族の「健康と安全」のためだけに購入することを意味する。一方欧州は、社会的側面から国民・消費者としての義務感・責任感に裏打ちされた「利他的」な購買動機が主流を占めるという。この違いは、国の政策によるところも大きいと考えられる。日本でも「環境支払」という政策が導入されつつあるが、日本・米国共に有機農業に対する直接支払という制度がないのに対し、欧州では直接支払が定着している。直接支払の財源は当然税金で賄うことになるが、税金を払うことで国民の意識・知識が高まり、環境保全や農業の振興のためにも有機農産物等を買おうという動機付けにつながっていると考えられる。

有機農産物に留まらず、消費者意識・国民意識の改革は、日本農業の長期的発展のために不可欠であろう。農地・水・環境保全対策の評価として、農林水産省は環境保全型農業に取り組むことによる生産者所得向上効果を検証している。しかし、私がいくつかの地域にヒアリングしたところ、この対策のもとで環境保全型農業に取り組んでも所得向上はありえず、環境負荷を軽減するという社会的意識が高い少数の生産者にその取組は限定されることになるという。この対策は、住民参加による農地保全という狙いに加え、地域ぐるみでの環境保全型農業の取組促進という狙いがあるが、後者の取組が一向に拡大しない理由は、オーガニック市場があまりにも小さく、消費者の購買動機が希薄であるためだ。

今後オーガニック市場を拡大し、日本農業の持続的な発展に結びつけるためには、消費者の正しい知識のもと、「利己的」な購買動機から「利他的」な購買動機へシフトさせることで、一過性のブームから長期トレンドへの転換を目指していく必要がある。そのためには、生産者・流通業者の努力もさることながら、消費者視点に立ったオーガニックの分かりやすい制度・区分への転換と、国民理解に基づく有機農法への支援強化等、国の取組が必要となる。以前、国の高級官僚が、「なぜ僅か0.2%のマーケットに国が政策を打つ必要があるのか」と発言したという話を聞いた。しかし一方で、環境保全は国際協定に基づく公約で持続的に投資すべき国策であるという。目先の環境保全活動に力を入れても、そこから産出される農産物を国民が評価しなければ、真の環境保全型社会は生まれない。

徳江氏らの取組に対し大いに敬意を表するとともに、この国が目指すべき農業・農村の目標に向けて、私たちもまた、出来ることに一つひとつチャレンジし、関係機関に働きかけていく決意を新たにした。