第133回 | 2013.02.25

国内屈指の産地、新たな挑戦 ~鶴岡市講演会より~

この季節になると、講演会の依頼が殺到する。一年で最も忙しい季節であるが、私が話をすることで、少しでも地域に元気を出してもらえるならと、やや疲れ気味の体にむち打って、今年も全国様々な地域へ足を運んでいる。先週は、山形県鶴岡市からの依頼で、「6次産業化によるブランド化と出口対策」と言うテーマで講演を行った。

鶴岡市は、あまりに有名な「だだちゃ豆」に加え、他にも庄内米、庄内柿、アンデスメロンなどのブランド産品を持ち、農業産出額は222億円(平成22年度)を誇る全国でも屈指の産地だ。市の職員の方々から説明を受け、現地を見て回り、さらに驚いたことがある。最も驚いたのは、鶴岡市は一年を通して、実に多様な農産物を生産する産地であることである。ねぎ、かぶ、なすなどの野菜、りんご、ラ・フランス、ぶどうなどの果実も生産されていることに加え、花卉も畜産も健在である。さらに、たらの芽、わらびなどの山菜類も豊富に採れる。JAが牽引するかたちで産地化を進めてきた一方で、地域内での直売事業も盛んだ。

しかし全国の産地と同様、生産者の高齢化や市況の低迷などの要因により、農産物の販売額は年々減少傾向にある。その中で、多くの生産者が加工事業や観光農園事業に取り組み始めたが、販売先が確立していないなどの課題が存在し、必ずしも順風満帆とはいかないようだ。こうした背景から、市は「農業6次産業化ステップアップ研修」を企画し、私が基調講演を行う運びになった。当日の研修会には、生産者を中心に70名程度が集まった。

講演内容は2部構成とした。第1部では、農業を取り巻く環境変化の中で、着目すべき10の重点課題を説明することから始めた。6次産業化がメインテーマであるが、消費者ニーズの変化、流通業界の変化、直接取引の現状、企業の農業参入動向、自由貿易の展望など、先ずは広い視野を持って、農業全体の動向をつかんで頂くことで、メインテーマへの理解が深まるものと考えている。第2部ではメインテーマである6次産業化について、事例を踏まえつつ、成功のためのポイントについて話した。

1つ目のポイントは、農家が6次産業化に取り組むためには分業化、協業化、法人化が必要であると言う点である。農家一人で生産・加工・販売まで出来る訳がない。少なくとも家族経営、次にグループ運営、本来なら法人化が6次産業化を進める上での必要条件になる。どのような加工品をつくるか考え、同時に、どのような体制で、生産・加工・販売までの分担を作り上げるかを決めることが重要になる。また、農家だけで体制をつくるのではなく、製造や販売面で地域の商工業者と連携して体制づくりを進める農商工連携も視野に入れて取り組む必要がある。

2つ目のポイントは、大手メーカーでは絶対やらない、出来ない商品をつくることである。大手メーカーは多くの研究員を抱え商品開発を行い、大工場で大量生産し、全国に配置される営業マンが日々売り込みに走り回っている。6次産業化とは、成熟し、高度化した食品業界へ挑戦することを意味するものであり、まともにやって勝てる訳がない。地域の素材に限定する、手作りにこだわる、地域の物語をつくるなど、ニッチ戦略を基本とした取組が重要である。

3つ目のポイントは、販路を確保した上での商品づくりを進めることである。どんなに良い商品でも、販路がなくては売れない。理想的には、小売店などからこんなものを作って欲しいという要望があって商品づくりに取り組むことが望ましい。その際、自分のこだわりを伝えることは大事であるが、顧客の要望に耳を傾けることはもっと大事であることを銘記して頂きたい。こだわりの商品の販路を開拓するというよりむしろ、顧客が求めるものをつくると言う姿勢を持つことにより、販売面でのネットワークは自ずと拡大する。

4つ目のポイントは、ターゲットと目的を明確にした販売促進活動を行うことである。観光客なのか、スーパーの地域住民なのか、ネット利用者なのか、ターゲットを絞り込むことで、伝えるべき内容は異なる。また、店頭での販売促進を行うにあたって、どこでキャンペーンを打つのかなども明らかにしたい。例えば観光客にターゲットを絞り、観光客が利用する空港や道の駅などに限定して、地域オンリーワンの商品特性をPRすると言った考え方が必要である。

第2部では、地域で活躍する2人のパネラーを招いて、私が司会進行を務めるパネルディスカッション方式での研修スタイルをとった。パネラーの1人は、地域で大規模農業を営み6次産業化にチャレンジしている井上馨氏である。井上氏は、家族5名の家族経営を核に7名の従業員を雇用し、水田31haに加え、ハウス16棟でトマト、こまつななどを生産している。トマトは加工用中心で製造を地域のメーカーに委託し、自社販売を行っている。あの有名なアルケッチャーノの奥田さんのプロデュースだ。その他にもばれいしょ、米粉、飼料用米などを、いずれも大手企業に納品している。

経営内容も素晴らしいが、井上氏の人間性がまた素晴らしい。「気が付いたら農商工連携をやっていた」と言う言葉が印象的であるが、井上氏の人間性が自然にネットワークをつくり、ビジネスを作ってきたと言える。今後、地域の若手を引っ張る存在になりたいと言われていたが、まさに地域のリーダーの資質を持った方であり、今後の活躍を大いに応援したいと思った。

2人目のパネラーは、地域の有力仲卸である(株)元青果の長島忠課長である。地域の農産物や加工品をネット販売していることに加え、神奈川県藤沢市にある「湘南モールフィル」で、地域のPRを兼ねたイベント販売などにもチャレンジしている。

鶴岡は首都圏と言うマーケットまでかなりの距離があり、旬の時期が遅いなどのハンディキャップがある。こうしたハンディキャップを埋めるためにも、農家主体の6次産業化より農商工連携で取り組むことが有効である。また、鶴岡ブランドとしてPRするのではなく、より認知度が高い庄内ブランドとして展開し、庄内平野全体の商品を集め、一元的にPR・販売する方がよいと、地域ではかなり言いにくいことまで話して頂いた。こうした方が存在することは、地域にとって大きな追い風となる。長島氏を中心に、さらに地域が連携し、地域全体で効果的なマーケティング戦略を組み立てていって頂きたい。

この度の講演会は、私自身にとっても大変勉強になった。参加者も非常に熱心に聴いて頂いたが、会場全体から熱意や熱気が伝わってきた。加えて、井上氏や長島氏など、素晴らしい人材が沢山存在する。さすが、だだちゃ豆のブランド化に成功した全国でも屈指の産地だ。6次産業化への取組は、まだ歴史が浅いが、こうした人材を核に、今後着実に前進して行くことだろう。