第286回 | 2016.06.20

品種力が野菜の売場と消費を変える!
〜単一品種・大型産地から多品種・小型産地へ〜

先日の日本農業新聞では、「『トマト』目的買い。集客力備えた商品に成長」というタイトルの特集記事が組まれていた。トマト市場が成長してきた背景や要因、スーパーなどの取扱方針など、多岐に渡る分析がなされており、非常に興味深い記事であった。先ずは、その記事の中で、私が特に関心を持った点を要約してみたい。

従来から野菜売場の花形であったトマトは、2000年代に突入すると、その勢いは増して存在感を発揮するようになる。総務省が行っているの「家計調査年報」によれば、トマトの1世帯当たりの年間消費支出は7,934円で、野菜の中ではダントツの1位である。2011年~2015年までの5年間、トマトの消費支出は一貫して増加傾向にあり、特に、2013年以降からの増加傾向は顕著である。トマトが「メタボ予防に効果がある」と報道される一方で、新たな食べ方として「トマト鍋」をはじめとした加熱調理が普及したことなどにより、需要の拡大につながったと分析している。

また、トマトの需要拡大のもう一つの要因は、品種改良の進化にあると報じている。20年前であれば、「桃太郎」と「ファースト」の2種類が主流であったが、今では、フルーツトマトや色とりどりのミニトマトなど、味や見た目にも違いの分かる商品の充実が進んでいる。青果のブランド化が叫ばれて久しいが、そのパイオニアがトマトと言える。生産者の名前を冠したトマト、一貫した品質管理でブランド化をめざすトマト、大手メーカーが生産するトマトなど、付加価値の高い商品が成長している。

品種が豊富で、様々な価格帯を持つトマトは、スーパーなどでの戦略商品となっている。アッパークラスの店舗では、高価格帯中心のトマトの品揃えに注力し、上得意の消費者を抱え込むという差別化戦略を打っている。一方で、リーズナブルな価格帯を基本とした店舗では、「質と価格」のバランスを考慮し、商品回転率の上昇を図っている。トマトは購入頻度も多く、消費者が固定客となる傾向があることから、無理に上得意の「一本釣り」を狙うのではなく、「定置網」で多くの支持を集めることを基本戦略としている。特集記事ではこのように、トマト市場が拡大してきた状況をコメントしている。

また、先日の日経新聞では、「カゴメ」が栄養価の優れた品種をシリーズ化して、トマトの増産体制を強化するという記事が出ていた。リコピンの量が一般のトマトに比べ1.5倍の「高リコピントマト」に加え、オレンジ色が特徴の「β‐カロテントマト」などを発売したことに加え、来年はリラックス効果がある成分を含んだ「GABAリッチトマト」を発売する予定だという。消費者ニーズが多様化する中で、もはや、「桃太郎」だけでは、産地も小売店も戦えない時代となったといえよう。

健康志向とあいまって、多様な品種の開発が需要喚起につながり、スーパーなどでの戦略的な取組を促進することで、さらにマーケットの拡大につながっているというのがトマトといえる。また、当然旬はあるものの、一年を通して必ず売場に存在する点もトマトの強みであろう。そのために促成・抑制を含め、様々な作型に取り組んで技術力を上げてきた農家やJA、普及センターや研究機関の功績も大きい。

話は変わるが、先般、福島県国見町で、農家であり種苗会社を経営する鈴木光一氏を講師に招き、道の駅での直売向け野菜の生産・販売に係る心得やノウハウを教示頂いた。その中で、最も私が興味を持ったのは「品種力」という話である。現在種苗会社各社は、新品種の開発に力を入れているが、近年は大型産地向けの品種の開発よりむしろ、直売向けの品種の開発に力を入れるようになっているという。

鈴木氏には、研修会の中で、モデルとして直売所向けの秋冬野菜の新種をいくつか紹介頂いた。オレンジ色のカリフラワー「オレンジ美里」、甘みが強く高カロテンのにんじん「オランジェ」、ミニサイズで食味がよい「三太郎」、やわらかく葉もおいしい「ゆきわらし」、小ぶりだが甘みがあるキャベツ「とくみつ」、黒豆と茶豆のリーフで食味抜群のえだまめ「味自慢」などだ。いずれも直売所の売場に彩を添え、利用者の消費を喚起するような魅力的な品種である。鈴木氏は、こうした新品種に取り組むことが、売場の活性化と生産者所得の向上につながると言われた。

東京大学大学院の中嶋康博先生は、現在は「ネオポストモダン時代」に突入し、消費形態が大きく変化しつつあると説かれている。飽食と言われた時代は、日本人はまだまだ貧しく、全国民が同じものを腹いっぱい食べていた。その典型的な農産物が米であり、流通形態は市場と大型スーパーが担ってきた。しかし現在は、消費に対する個人の価値観が多様化し、それぞれが価値を認めるものを、少量だけ購入するという消費形態が主流になりつつある。この消費動向を反映した今の社会を「ネオポストモダン時代」といい、この消費動向は今後さらに進化し、複雑化すると言われている。

市場流通が縮小し、直売型の流通が拡大している背景の一因として、このような時代の変化があると言えよう。そして、その変化に対応するために、種苗会社では直売向け品種の開発に力を注いでおり、その開発努力がさらに消費の多様化を推し進めていると考えられる。

産地においても、様々な品種を導入し、周年出荷体制を確立しようとうという動きは活発であり、消費者ニーズに対応するための努力を重ねている。しかし今後は、もう一歩踏み込んで、これまで作らなかった新品種へもチャレンジすべきなのかもしれない。もちろんこれまで築いてきた生産体系や、産品のブランド力、市場との信頼関係を損なうようなことがあってはならない。しかし、時代が変化している以上、既成概念やこれまでの実績にしがみついていては、時代に取り残されてしまう危険性はある。

一方、全国の直売所は、各種苗会社の品種開発動向に注目し、最新の情報を集めることが重要であろう。直売所に出荷する農家は、技術力があまり高いとは言えない兼業農家や高齢農家が多い。しかし、この品種力が技術力の不足を補って、直売所で売れる産品づくりを実現できる可能性が高い。一昔前までは、夏場に露地でほうれんそうをつくり、秋にとうもろこしを出荷するためには、特別な栽培方法や技術が必要だった。しかし今は、新品種の開発により、さしたる技術がなくてもそれが可能になってきた。

時代の変化を背景に、品種力が野菜の売場と消費を変えつつある。そして、もしかしたら時代は、単一品種・大型産地から多品種・小型産地への転換を求めているのかもしれない。