第259回 | 2015.11.09

卸売市場の経営戦略を考える ~卸売市場整備方針(案)のポイント~

農林水産省はこの度、第10次整備計画の前提となる卸売市場整備方針(案)を公表した。5年ごとに見直されるこの整備計画は、社会環境・経済環境の変化の中で、全国の中央卸売市場並びに地方卸売市場の整備・運営のあり方について国が指針を示すものであり、その内容は全国の市場関係者が注目するところである。

平成25年度末時点で、全国には中央卸売市場が67箇所、地方卸売市場が1,105箇所存在し、全国の生産者が出荷する農林水産物を、全国どこへでも流通させるシステムを確立しており、その流通網は人に例えると血管のように張り巡らされている。市場は、集荷・物流、需給調整、価格形成並びに情報受発信などの役割を担っており、日本の農水産業の発展と国民への食糧供給を担ってきた。かつて無知な自称・知見者の方々から、市場不要論などというばかげた話が出ていたが、市場が果たしている役割を冷静に見れば、その存在は国の経済と国民生活にとって必要不可欠なものであることは明白である。

しかし、市場を取り巻く経営環境は年々悪化している。国民の食生活の変化により、生鮮品を調理するより調理済加工品を購入して食べる割合が増加し、生鮮品の流通量自体が減少すると共に、生産者と加工メーカーなどの直接取引が増加したことで、市場経由の流通量は毎年減少傾向にある。これに伴い市場の取引金額は減少し、卸売業者・仲卸業者などの経営状況は悪化し、これを管理する都道府県・市などの財政も逼迫する状況にある。

さて、この度示された整備方針(案)のポイントを押さえておこう。冒頭では、卸売市場の整備及び運営に関する基本的な考え方として、以下の5つが示されている。
(1)卸売市場における経営戦略の確立
(2)立地・機能に応じた市場間における役割分担と連携強化
(3)産地との連携強化と消費者、実需者などの多様化するニーズへの的確な対応
(4)卸売市場の活性化に向けた国産農林水産物の流通・販売に関する新たな取組の推進
(5)公正かつ効率的な売買取引の確保
(6)卸売業者及び仲卸業者の経営体質の強化
(7)卸売市場に対する社会的要請への適切な対応
以下は、卸売市場整備方針(案)、私が特に重要と考えるものについて記載する。

「(1)の卸売市場における経営戦略の確立」とは、卸売業者・仲卸業者・売買参加者・関連事業者、そして開設者という多様な市場関係により構成される卸売市場をひとつの経営体と捉え、行動計画に資する経営戦略を策定せよという趣旨である。その中で「ビジネスモデル」という言葉が再三登場していることに着眼したい。市場は、卸売業者産地から荷を引いて、せりにかけて(青果物では相対取引が主流となりせりはほとんどなくなりつつある)、仲卸業者を通して小売店などの実需者に販売される(買参権を持っている小売店などは市場内での取引が可能)という基本的な事業スキームを持つ。方針(案)では、従来のこうしたやり方に捉われず、市場ごとの特長を活かして、あの手この手のビジネスモデルをつくりあげていくことが重要であるとしており、以下の4つの具体例をあげている。
①大規模な集荷・分荷機能の発揮
②産地との連携による魅力ある生産物の集荷・販売
③加工・業務用ニーズに対応した機能強化と商品開発
④輸出などを通した新たな需要開拓
⑤①~④までの複合型

また、「(2)立地・機能に応じた市場間における役割分担と連携強化」とは、これまでの全国一律の事業スキームから脱却し、これからはそれぞれの市場が強みを生かし、独自の集荷・販売・機能戦略を打ち立てると共に、弱点については市場間で補えという意味である。後者については、集荷の共同化、双方向・相互融通での荷揃え、販売の相互連携などの複数の卸売市場間における効果的な連携や新商品の開発などのための産地や実需者との連携を推進し、集荷・販売力の向上を通した市場取引の活性化を図ることとしており、かつての市場間競争から市場間連携への転換を進めるべきであると断言している。

公設卸売市場においては、従来開設者=管理者=地方自治体であったが、市場運営の機動性や効率性を高めるため、指定管理者制度の導入や開設者の第3セクター化も視野に入れることとしている。既にいくつかの卸売市場でこれらの方式を採用する例が見られるが、この方針(案)を受けて、この動きはさらに加速することになろう。加えて、老朽化や過密・狭隘化が著しい卸売市場は、PFI事業の活用等により計画的に再整備を図ることという記述がある。公設公営から公設民営へ、さらには民設民営へと促す意図が読み取れる。その上で、以下は、整備方針<ハード>(案)に関わる事項について、特に興味深かった事項を記載する。

卸売市場にとって、コールドチェーンの確立については長年の懸案事項である。現在産地でも小売店でも、集荷・保管・販売上の低温(定温)化が進んでいるが、流通経路の中間に位置する卸売市場は低温(定温)化が総じて立ち遅れており、卸売市場でチェーンが途切れてしまっている状況にある。夏場でも高温の売場に荷が置いたままになっていたり、ひどいところは雨ざらしになっていたりするのが実状である。そこで方針(案)では、低温の卸売場や荷さばき場、温度帯別の冷蔵庫等の低温(定温)管理・多湿度帯管理や、衛生施設などの品質管理の高度化に資する施設の整備・配置を計画的に推進すること、また、施設の整備・配置にあたっては数値目標や方針を事前に策定することとしており、コールドチェーンの早期確立を指示している。

卸売市場全体の増設や建て替えについても触れている。これまで卸売市場というと、基本的に大屋根構造の平屋建てで、事務棟などの一部を2階に配置するプランが一般的であった。方針(案)では、取扱数量の増大が見込める卸売市場にあっては、各施設の増設余地の確保、施設の立体化などに努め、特に、大都市にある卸売市場においては、土地の高度利用を図る観点から立体的かつ効率的な施設の配置とすることとしており、近年大和ハウスなどが建築している高層階の大規模物流センターなどをイメージしているものと考えられる。

さらに方針(案)には、卸売市場の運営の効率化と物流業務の効率化を図るため、生鮮EDIの導入及び電子タグなどの情報通信技術を活用すると共に、必要に応じて市場内におけるLAN導入に努めることという記載もみられる。昨年、JA全農青果センターを視察に行ったが、農産物の総合的な流通拠点機能を担う同センターでは、IT化が非常に進んでおり、卸売市場との格差に驚愕したことを覚えている。未だ多くの卸売市場の情報管理は、ファックス、手書き伝票、さらには伝言が主流である。

次に、運営方針<ソフト>(案)に関わる事項について、特に興味深かった事項を記載する。先ずは、がちがちに縛られた法令・条例を弾力的に運用するよう自治体に要請している記述に注目したい。方針(案)では、必要に応じて法令で定められた取引ルールに係る例外措置の適切な活用を図ること、電子商取引の導入を推進すると共に電子商取引に係る商物一致原則の例外措置の適用が可能な売買取引においてはその活用に努めること、法律に規定されていない事務手続きは原則廃止し、事務手続きの簡素化を徹底することなどが記載されている。卸売市場の硬直化を招いてきた原因の一因は、市場を開設・管理する自治体側にもあり、その硬直性を改善すべきという指導内容であるといえる。

「(3)産地との連携強化と消費者、実需者などの多様化するニーズへの的確な対応」では、卸売市場が取り組むべき対応策が明記されている。産地との連携では、消費者、実需者などの需要動向を踏まえた産地に対する営農指導、出荷支援のほか、地域特産物のブランド化、特色ある地場産品や規格外品などの流通特性を踏まえた品揃えの強化、新商品の開発、小売や加工・業務用需要とのマッチング等に関する産地との連携強化に積極的に取り組むこととしている。一方、実需者への対応については、大規模小売店、専門小売店、外食産業などのニーズに対応した加工処理、貯蔵・保管、輸送・搬送、リテールサポートなどの機能強化による実需者との連携強化に積極的に取り組むことと記載している。

「(6)卸売業者及び仲卸業者の経営体質の強化」では、合併・経営統合という手法まで踏み込んで記載している点が注目される。卸売業者については、合併や営業権の譲受けなどによる統合大型化か株式上場による資本強化、さらには卸売市場を超えた卸売業者間の資本関係の構築などによる連携関係の強化を図ること、開設者、都道府県などは、改善が図られない卸売業者に対して改善計画の達成状況やフォローアップを濃密に行い、必要に応じて改善時期や改善事項の明確化を含めた計画見直しなどを指導することとしており、その表現はかなり辛辣である。現状、卸売業者の合併や経営統合が相次いでいるし、既にこうした手段を選択しなければ、例え大手企業といえども生き残れない時代に突入したと言えよう。

「(7)卸売市場に対する社会的要請への適切な対応」では、食のイベント、学校教育のための市場見学会などの市民と卸売市場との交流を深める機会の確保や、消費者を対象とした表示などに関する講習会、料理教室などの機会の提供等の取組を推進すること、卸売市場が生鮮食料品等を地域内に安定的に供給するための基幹的な社会インフラであるとの認識の下、地域社会との共生や地域の小売店などとの協働にも配慮することとしている。多くの卸売市場の整備・運営経費は税金で賄われているいるのが実状である。その実態を踏まえ、都道府県民、市民の負託にこたえるためにも、社会的な要請への対応が求められる。

この度の方針(案)を具現化することが、卸売市場の経営戦略につながることになろう。市場関係者は、改めてこの方針(案)を丁寧に読み込み、各自の卸売市場の現状・課題、強み・弱みを見直しながら、効果的な戦略を打ち立てて頂きたい。