第287回 | 2016.06.27

医福食農連携の今後の展望
〜2016年度 フードシステム学会大会より〜

去る6月18日と19日の2日間、東京海洋大学の品川キャンパスにおいて、2016年度のフードシステム学会が開催された。産学官の有識者・研究者が一同に会し、フードシステムの先進的な動きを学術的な見地により研究成果を報告し、討論を重ね、方向性を導き出していくことが大会の趣旨である。毎年定例のこの大会では、600名以上に上る学会員の定期総会も併せて開催される。長年学会長として学会の発展に寄与されてきた千葉大学の斎藤修先生の定年退職に伴い、東京大学の中嶋康博先生が学会長に就任し、新たな常任理事体制でスタートすることになった点がトピックである。ちなみに私は、引き続き産業系部門の代表として理事を仰せつかった。

1日目は「TPPと新たな食・農・地域」というテーマでシンポジウムが開催され、2日目は斎藤先生が座長となって「医福食農のチェーン構築とフードシステムの革新」というテーマでミニシンポジウムが開催された。本日は、後者のミニシンポジウムの内容を踏まえ、医福食農連携の今後の展望について、私が思うところを述べてみたい。

一番目に、「新調理システムの新たな課題とメニューチェーンの形成」というテーマで、日本医療福祉セントラルキッチン協会の川口靖夫氏から報告があった。多くの医療・介護福祉における食事は、施設内の給食担当部門が当日調理して当日提供する「クックサーブ方式」で行われているが、その結果、おいしくない、メニューが少ない、料理が冷たいなどのクレームが増加していることに加え、診療報酬の引き下げなどに伴う収入減少と食材費・人件費などの高騰により、事業収支は悪化している。そこで、「クックサーブ」、「クックチル・クックフリーズ」、「真空調理」などの手法を用いた新調理システムを導入する動きが見られることに加え、複数の施設を経営する企業がセントラルキッチンを設け、各施設に給食を配送する方式が増加傾向にある。病院給食の1日3食分の食材費の目安は500円と安い中で、地域の生産者や行政とも連携を図りながら、食事基準の統一とパターン化を進め、コストの抑制と料理品質の向上を実現させることが今後の取組課題であると報告された。

二番目は、「介護食品開発と給食・配食サービスの革新」というテーマで、ワタミ株式会社健康長寿科学栄養研究所の麻植有希子氏から報告があった。外食チェーンのワタミは、116の介護施設、約6,400名の入居者を対象に、全国12か所の工場から食事の供給事業を行っている。これまで要介護者向けの食事の開発は立ち遅れていたが、咀嚼機能が低い要介護者を対象とした調査研究を重ね「物性(常食/軟菜食/ソフト食など)」と「栄養価」にこだわった食事を開発してきた。今後は、宅配と介護施設運営で培ってきたノウハウを活かし、在宅の要介護者向けに、栄養ケア・マネジメントシステムを構築していく方針であると報告された。

三番目は、「日清医療食品のメニュー開発と事業戦略」について、日清医療食品株式会社の中村佐多子氏から報告があった。今後、医療施設の減少、福祉施設の増加が顕著化する中で、日清医療食品は、関連企業からなるワタキューグループが主体となって、給食受託事業のシェア拡大(33%が目)、在宅配色事業の強化、セントラルキッチンの積極的展開などを柱とした企業戦略を推進していく。また、今年の秋からはクックチル方式で、高齢者向けの質の高いソフト食の供給サービスを開始することに加え、日産10万食を製造できるファクトリーを核に食事の安定供給体制を構築していく方針であると報告された。

最後は、3つの報告を受けて、千葉大の斎藤先生から、「医福食農連の戦略とフードシステムの革新」というテーマで、とりまとめに向けた講義があった。その内容は高度な分析と鋭い視点によって構成されており、この短いコラムで伝えきれるものではない。ここでは、私なりの解釈を加えて、その講義の一端を記載しておく。

①セントラルキッチンや新たな調理法の普及により、医療・介護・福祉は、新たな食の連携関係が
構築されつつある。
②福祉施設への給食及び宅配サービスは、市場の拡大を受けて、大手企業の取組強化が期待される
が、その際、介護食を含んだ多様なメニュー開発が課題になる。
③農村部では、厚生連とJAが連携して、エーコープ店での高齢者向け宅配事業が検討されている
が、医療・福祉施設への食材供給では農業分野とのフードチェーンまでは出来ておらず、今後の
取組課題になっている。
④都市部では、今後生協がデイケアサービスや特別養護老人ホームなどの福祉事業を拡大すること
が期待されるが、その場合、福祉サービスと高齢者向けの給食・配食サービスを統合した事業展
開が重要となる。

このシンポジウムを通して私が先ず考えたことは、医療・福祉施設において提供される食事はあまりに貧しいという点である。介護保険施設における食事は、2005年に保険外となり、現在は全額自己負担になっている。一方、医療保険制度の改革により、病院の入院患者の自己負担額は、2018年から現行の260円から460円に引き上げられることになる。こうした背景から、医療・福祉施設では、低コストでの料理の提供を余儀なくされ、利用者の要望に応えようとするほど、経営が厳しくなるという構造に陥っている。

コンサルタントとしてのこれまでの経験を踏まえても、地域での地産地消事業に取り組む場合、地域への福祉・医療施設への地域農産物などを供給することは、極めて困難であると言える。食材コストが低すぎて、割高になる傾向にある地域産品を仕入れるための経営的な余裕がないのが実態である。私が過去に調べた限り、JAの病院や福祉施設以外は、地産地消に取り組む施設はほとんど皆無であり、安価な海外産の冷凍食品に依存した食材内容となっている。この点、一般の事業者には極めて難しい取組にチャレンジしているJAグループは、社会的にも高く評価できよう。

どんなに病状が悪化しても、要介護度が高くなっても、少しでもおいしい食事を食べたいというのが、患者や要介護者の切なる願いであろう。しかし、少子高齢化や財源確保の困難性から、この国の福祉・医療制度は、患者たちなどの願望を無視した方向へと改革が進むことは間違いない。この悲観的な流れを断ち切るためにも、医福食農連に基づく新たなフードシステムの確立が急務であると考えた。