第217回 | 2014.12.08

全農の株式会社化を考える~週刊ダイヤモンドの特集より~

週刊ダイヤモンドの11月29日号では、「JA解体、農業再生」というタイトルの特集記事を掲載していた。日本の農業が100年に一度の激変期を迎える中で、長く農業を牛耳ってきたJA全中が解体の危機に瀕し、全農も株式会社化への移行を迫られている。この度の選挙で自民党が大勝することになれば、官邸主導型の大規模な農政改革が進む公算が強い。特集記事では、「JA全中支配崩壊前夜」、「農業再生の主役は誰だ」、「全国農協ランキング」などのパートに分けて、JAグループの構造・課題を浮き彫りにしつつ、参入企業や大規模生産法人、あるいは戦略性を持った一部のJAなどが、農業の主役に躍り出るだろうという趣旨のことが書かれている。

米価が急落し、JAの求心力はさらに減退することになる。また、米価の下落はJAを支えてきた小規模農家の離農を加速させることから、組合員というJAの最も重要な経営基盤を崩壊させることになる。また、組合員数の減少は票田の縮小を意味することから、JAグループの政治的な影響力も減退することになる。こうした背景も手伝って、自民党とJAは、かつての蜜月関係から対立の構図に一転してきた経緯がある。現在は、自民党とJAグループの力関係は逆転しており、この度の農政改革は、実現する可能性が高いと考えられる。

私は、稲作という独自の文化と産業を持つ瑞穂の国・日本を崩壊させるような急激な改革は行うべきではないと考えてきた。JAグループは、戦後から長きにわたり、国民に対し食糧の安定供給と食の安全を提供してきたし、農村地域の中核的な組織として住民の生活と地域のコミュニティを支えてきた。その功績は計り知れないものがあるし、現在でもその役割を全て否定することはできない。しかし、日本の農業は、どうやら来るとこまで来てしまったらしい。JAグループの社会的な存立意義が希薄となり、これまでの組織や事業手法が時代にそぐわない以上、抜本的な改革を進める必要がある。

特集記事の中で、私が注目したのは「全農の株式会社化について」である。全農は、農家が生産した農産物の流通・販売と、農家が必要とする肥料や農薬などの買付が主要な業務である。販売事業では、単位JAが集荷した農産物を各県本部でとりまとめて、全国の卸売市場に流通させる。購買事業では、肥料や農薬などをメーカーなどから大量に買い上げ、単位JAを通して農家に販売する業務を行っている。また、傘下には、商社、エネルギー、流通関連まで20社を超える子会社を持ち、海外にも9つの事業所を開設している。記事によれば、2013年度の連結決算での売上高は5兆円を超え、日本の大手総合商社と肩を並べるほどの実績を誇るという。

記事では、全農の強みは、川上と川下両方の情報を持っていることだと指摘している。農家のニーズはもとより、産地の生産情報や取組動向などの情報を、各県本部を通して収集・分析することができる。一方で、全国の卸売市場の情報、大手スーパーや加工メーカー、レストランチェーンなどのニーズもいち早く把握するだけのネットワークを持つ。情報を制する者はビジネスを制すると言われているが、農業分野では、全農ほど有益な情報を迅速に入手できる組織はないだろう。しかし、全国農業協同組合連合会という全農の正式名称が示す通り、全国のJAのための組織であり、組織のための組織という性格が、斬新な事業展開を阻害している。

例えば、単位JAから離れていった大規模生産法人と、積極的な取引をすることはなかなか難しい。単位JAとは強固な取引関係にあることから、そのようなことをすると「うちから離れていったやつと取引するのか」、「そんなことをしたら、さらに離反者を増やすことになる」などと、単位JAからのクレームを受けることになる。

また、全農の販売先の9割以上は卸売市場だ。よい話があってもスーパーや加工メーカーと直接取引をするとなると、市場外流通を拡大させることになり、卸売市場への出荷量を減らすことになる。系統流通と言われるように、これまで全農と卸売市場は強固なパートシップのもと、共存してきた経緯がある。そのパートナーに背反するような取組は、なかなか表だって出来ない面もある。

しかし、数年前から全農も徐々に方向転換しつつある。その典型が全農いばらきであり、VF事業という名のもと、JA離れをした大規模農家などからも荷を集め、スーパーや加工メーカーなどとの直接取引を拡大している。また、子会社であるJA全農青果センターでは、コールチェーンを完備し、パッケージまで出来る大型集配センターを整備しており、卸売市場に真っ向から対立する存在になっている。さらに、単位JAにおいても、全農を通さずに直接有力市場と取引したり、スーパーなどと契約的取引をする事例は拡大しつつある。このように、JAグループ自体も新たな事業に取り組んできた経緯があり、大改革を進める素地はできつつある。

特集記事では、総合商社の多くが、全農の株式会社化を脅威に感じていると書かれていた。大手製油メーカーに原料となる大豆を販売し、そのメーカーから出る油粕を飼量用に大量に買い付けているのも全農である。輸入小麦の販売ランキングでは、実は三井物産を抜いてトップの実績があるという。小麦などの関税撤廃を議論するTPP交渉では、全農は反対派の急先鋒であるが、その裏で年間500億円も食用小麦を子会社を通して輸入しているというしたたかさも併せ持つ。

株式会社化により全農は、JAグループ組織という足かせが外れた場合、広く緻密な情報網とネットワーク、これまでの実績・ノウハウを活かした事業展開が可能となろう。JAグループのトップに君臨する全農はエリート集団であり、職員は極めて優秀である。彼らの頭脳がフル回転した場合、農業分野では誰もたち打ちできない存在になるだろう。

しかし問題は、その優秀な職員の意識である。多くの職員が、長年染み付いてきた組織文化を払拭できず、改革的な取組自体を嫌う風潮が見受けられる。農業界の保守本流という思いが、職員の意識の中で根強く残っているのだろう。全農は、本気になれば何でもできる、誰も出来ないことを出来る組織であるにも関わらず、職員の意識が変わらないため「眠れる獅子」と揶揄されることになる。

私は、全農の株式会社化には賛成である。むしろ全農にとって、国のお墨付きのもと株式会社になることは、大きな飛躍に向けた千載一遇のチャンスなのではなかろうか。株式会社化により、職員の意識も変わらざるを得ない。その場合、民間企業から積極的に役職員を登用し、役職定年制などは廃止して、優れた職員は役員として経営責任を担わせればよいと考える。民間の知恵や視点を積極に取り入れ、時代性に即した新たな事業をどんどん生み出して欲しい。そして、農業の保守本流ではなく、これからの日本の農業を創造する急先鋒として再生して欲しいと願う。