第98回 | 2012.06.04

儲かる農業と農業の産業化に向けて ~クロスエイジ藤野氏の著書から~

遅ればせながら、株式会社クロスエイジの藤野直人氏の著書「本気で稼ぐ!これからの農業ビジネス」を読んだ。藤野氏は20歳代の若さで、九州を基盤にコンサルティング活動を行う一方で、生産者と実需者をつなぐ中間支援事業や直売所経営を手掛ける実践者である。書籍の内容は、私が講演会で話すものと酷似しており、理論も明確で、若者としてのバイタリティに溢れている。

藤野氏は、単一作物を大量に市場などに出荷する大規模流通、少量多品目を直売所などに出荷する小規模流通の間に、小売店や外食・中食、ノベルティユースなどの特殊ルートを対象に直接販売する「中規模な流通」が存在するとしている。そして、儲かる農業を実践するためには、顧客とコミュニケーションをとりつつ、生産量にふさわしい量を出荷し、ふさわしい対価を得る、「中規模な流通」に挑戦することが必要であると結論づけている。本書では、中規模な流通を実践するための、経営理念、顧客との交渉手法、生産・出荷体制、6次産業化手法などについて分かりやすく説明したものだ。

その中で、「第2章農業がこれまで儲からなかった理由」のくだりが面白い。藤野氏によれば、採算度返しで趣味や生きがいで農業をやっている農家が多く、効率のよい経営体が生き残り、そうでないところは排除されて行くという市場原理が、これまでの農業では機能してこなかったことが一つの理由であると分析している。結果として農産物が供給過剰になり、出口の見えない価格競争に陥っている。その背景には、転売などを目論み、農地を手放さない農家、経営維持のために組合員である農家戸数を減らしたくない農協、票田確保のためにばらまきや規制を続ける政治家などの存在があると指摘している。また、系統流通・市場流通により、農家自ら価格を付けられず、顧客の意向を把握できない流通構造も、農業がこれまで儲からなかった理由であるとしている。

私も基本的に同じ考えだ。農協にとっては、自給的農家で米だけを小規模に作っている農家も金融・共済・開発事業の大切な顧客であり、国・県・市町村にとっても、農家戸数(受益者数)は予算を確保し支援を続ける根拠となる。みんなこのままではダメだと頭では理解しつつも、趣味や生きがいで農業を営む農家を「多様な担い手」、「農地・農村の守り手」などと位置づけ、同じような支援を繰り返してきた。その結果、大規模化・法人化を目指す農家はことごとく農協離れを起こし、行政不信を抱くことになる。

農業への関心が高まる中で、定年帰農者が新たな担い手として期待されている。しかし、こうした就農者が、趣味や生きがいで農業に取り組むのであれば、現在の農業構造は変わらない。今後農業が健全な産業へと転換するためには、農家戸数はドラスチックに減るべきだし、農地の集約化も加速されるべきである。しかし、農業には、一産業として論じるだけでは正解は得られず、同時に国土・農村の保全、定住など、様々な視点で論ずる必要がある。農家の高齢化と農家戸数の減少、耕作放棄地拡大の流れは、今後も変わらないだろうし、輸入自由化の流れも長期的には止められないだろう。こうした社会背景の中で、農業の本来あるべき姿を明らかにし、段階的にそこに向かって行こうとする姿勢を農協も行政も政治家も持つべきである。

では、古い農協体質と並列で論じられている市場流通についてはどうか。私は、国民の食と健康を守り、農業を健全な産業にして行くためにも、市場流通は絶対必要な仕組みであると考える。今後小規模流通や中規模流通が必要以上にその割合を増すと、食料の安定供給が困難になることに加え、全国の意欲ある生産者を減少させ産地を崩壊させることになる。市場流通の課題は、大手スーパーなどに対し価格形成力・調整力が持てなくなってきたこと、農協と連携した産地の育成力が低下してきたことによる。市場流通にはこうした重点課題を克服し、中規模流通においても中間事業者の役割を果たす存在になって欲しい。

もう一つ興味深かったのは「第7章原価提示型販売のすすめ」である。かなりのページを割いて詳細な説明を加えており、筆者の経営コンサルタント、及び農産物流通の実践者としての視点がよく分かる。農産物の販売価格は、翌年も種を蒔いて収穫すると言う意味の再生産可能価格である必要があるが、その価格は農家によってばらばらなのが実状である。そこで、原価計算による明確な生産・流通コストの分析と基盤整備などによる原価低減努力を行い、実需者も納得できる価格を提示し、相互理解と信頼に基づく取引関係を築くことが重要であるとしている。

その中で、農業の利益の方程式として、①売上=収量×単価、②農業所得=売上‐(人件費+減価償却費+その他経費)の2つを掲げている。当たり前の公式であるが、多くの農家はこれが分かっていない。高糖度トマトや有機・在来品種など、こだわり農産物をつくろうとすると、当然収量は落ちる。問題はその単価である。収量が一般のものの7割になってしまう場合、1.43倍以上の価格で販売できなければ、経済的には取り組む意味がない。また、その他経費(堆肥、肥料、農薬、資材など)より経営に差が出るのは人件費と減価償却費であり、雇用者と施設・機械をいかに効率よく活用するかが経営手腕となる。私の田舎では、1町歩しか稲作をやっていない兼業農家が、600万円のコンバインを買っているといった笑い話も聞かれるが、目の前で出て行く金には神経質でも、長期的に発生するコストについては鈍感な農家が多いようだ。

農家は経営者である。経営者は数字に強くて当たり前である。それぞれのほ場から、どれだけの収量があがり、いくらの売上を期待できるのか、だいたいの数値は常に頭の中にあってしかるべきである。また、年間の原価償却費は固定費なので、明確な数字を把握しておくのと同時に、投資する際、その投資によっていくらの売上増が期待できるのかと言う原価償却比率を計算して欲しい。人件費については、雇用者だけでなく、家族に本来払うべき人件費も勘案して計算し、年間で発生する総人件費をつかんでおきたい。例えば年間売上が500万円、原価償却費50万円(10%)、人件費100万円(20%)、そのための販売単価は1,200円/ケースなどの大まかな経営指標を頭の中に描き、詳細についてはエクセルなどを用いて計算しておく。そして何より大切なのは、これらの実態を踏まえ、収量を上げ、コストを削減し、再生産可能な原価率を引き下げる努力をすることであろう。

この本は、大きな夢を描く若手農家のバイブルとして、農業経営の実践書としてお薦めする。藤野氏とはこれまで会う機会がなかったが、同じ農業専門のコンサルタントとして、理想・理念を共有する者として、是非ともお会いし、熱い農業談義を交わしてみたいと思う。