第283回 | 2016.05.23

停滞か、進展か、農産物の輸出戦略!
~ 「攻めの農業」のゆくえ 

2015年の農林水産物の輸出額は、対前年比21.8%と大幅に増加し、「攻めの農業」の柱として農林水産省が掲げる「2020までに1兆円」という目標達成も楽観視されていた。しかし、2016年1月~3月の累計金額は、対前年同期と比較してほぼ同額にとどまり、3月だけ見ると前年実績を下回る結果となっている。このままだと、2016年は対前年比を下回り、官民あげて取り組んできた農産物の輸出戦略が早くも停滞局面に陥る可能性が高い。

輸出低迷の最大の理由は、円安から一転して円高へ為替相場が変動したことにある。逆の言い方をすれば、2015年までの過去3年間、輸出額が猛烈な勢いで増えたのは、円安だったからだと考えられる。2012年当時は1ドル80円以下だった円相場が、2015年は120円を超える円安になった。円安であれば輸出価格が下がり、国際的な価格競争力は高まり、輸出量は増えることが経済原理である。逆に現在のような円高が再び進行すれば、国産農林水産物の競争力は弱まることになる。つまり、「攻めの農業」の輸出戦略のゆくえは、円相場という他力本願によるところが極めて多きいと言えよう。

余談になるが、私が子どもの頃は、国際為替は1ドル=360円の固定相場制だった。今では考えられないような円安のもと、日本は輸出が大きな原動力になって高度経済成長を遂げていた。信じられないような話であるが、その頃は、日本のみかんは重要な外貨獲得品目で、米国などのクリスマス需要に合わせ、ガンガン輸出していた。実態はよく分からないが、その頃米国で大量につくられていたバレンシアオレンジより日本のみかんの方が安かったのではなかろうか。しかし現在、当時の4倍の値段になったみかんを、米国が輸入することはない。それほど、為替相場は輸出入に大きな影響を与えるということである。

その一方で、最近の農業団体・農業関連企業の農産物輸出の拡大に向けた動きには注目すべきものがある。注目すべき一つ目は、JAグループで「(仮称)輸出促進エージェント」という輸出商社を新設することである。新法人は、海外マーケットの市場調査、テスト販売、販路開拓などの事業を担うことに加え、貿易実務ノウハウを蓄積して、輸出意欲を持つJAや農家に対し輸出に必要な実務的な情報を提供する。また、青果物の周年安定供給をめざして、産地間連携を強化し、リレー出荷方式の輸出戦略に取り組むなど、自主事業にも着手する方針である。

加えて、新法人の設立準備とあわせて海外の営業拠点を強化するとともに、周辺国も含めた物流について段階的に整備することを検討するという。全農が国内に輸出拠点を整備し、ここに輸出品を集約して共同配送する仕組みにより物流コストを削減する。また、シンガポールには輸入基地を整備して現地の量販店、レストランなどへの食材提供を行うとともに、店舗開発を企画する推進拠点も新たに設置する。さらにシンガポールの輸入基地から周辺国への輸送も検討していく方針である。今後3年で、テスト販売専用の売場を持つ店舗を、5か国・8店舗、常設棚を確保する店舗を6か国・220店舗に増やすそうだ。

米の輸出では、全農は既に、クボタと共同して玄米を輸出し、現地で精米・販売する事業スキームを構築しており、併せて多収性品種と低コスト栽培技術の導入による輸出の専用産地づくりを進めている。27年産では15haだったが、28年産では宮城、福島、新潟、石川など9県で71haと約5倍に拡大する予定であるという。

国の動きも活発である。「農林水産業の輸出力強化ワーキンググループ」が5月の第10回会合でまとめた「農林水産業の輸出力強化戦略」では、民間の意欲的な取り組みを支援する「7つのアクション」を打ち出している。輸出相手国のニーズ、マーケットの特性、ライバル国などの情報を一元的に提供する体制を整備することに加え、JASの仕組みを活用した品質保証制度を導入するなど、海外の消費者・事業者に対して日本産の品質の高さを伝えることに力を入れる方針である。

市場流通についても、既存の規制を見直し、国内の卸売市場を輸出拠点として整備する方針も打ち出している。具体的には、市場を海外バイヤーに開放し、卸売業者と海外バイヤーが直接取引したり、海外バイヤーの依頼で仲卸業者が産地と直接取引できるような規制緩和を進める方針である。また、輸出可能な品目・輸出先を増やすために、放射性物質規制など、諸外国の規制撤廃のため、省庁横断でチームを作り対処する。さらに、輸出関連証明書の発行手続きの抜本改革や、動植物検疫の柔軟な対応にも取り組む方針である。

農産物の輸出を拡大するためには、品質面だけの優位性だけでなく、相応の価格競争力が必要になる。そのためには、大規模化・機械化、さらにはIT化により生産コストの削減に取り組むことに加え、海外での直売などにより流通経路を圧縮して流通コストを縮減する必要がある。統計的にも農家の大規模化・機械化や、企業参入に伴うIT化は確実に進んでいるし、海外での流通網も整備されつつある。

こうした官民あげての取組は評価するし、TPP合意に基づく将来的な貿易自由化を見据え、農産物の輸出戦略は今後も打ち続けていくべきであろう。しかし、「攻めの農業」=「農産物の輸出」というイメージが定着し、農産物の輸出ばかりが政策的に偏重されている現状には強い違和感を覚える。

2015年の国産米の輸出量は過去最大で7,640トン、これに対し米の生産量は約1,000万トンであり、輸出割合は僅か0.07%にしか過ぎない。野菜も果実の同じような割合であり、輸出が生産者所得の向上に結びついているとはとても言えない状況である。また、現実的には、農産物の輸出量は、円相場次第で今後も増減を繰り返すであろうし、この先飛躍的な増加は期待できないだろう。日本の農業にとって農産物の輸出とは、あくまでニッチな販売戦略の一つであり、国際化を見据え、農業の構造改革を進める上でのアドバルーンに過ぎないと考える。