第114回 | 2012.10.02

企業・学生との交流による新たなアグリビジネスモデルを探る ~(有)白神アグリサービスの取組~

今年も青森県からの依頼で、農商工連携リーダー育成研究の専任講師をさせて頂いている。十和田、五所川原、陸奥の3箇所で、地域の活性化を担う方々を対象に講義をして回っているが、五所川原会場で、とても素晴らしい活動を行っている方に出会った。(有)白神アグリサービスを立ち上げ、(有)白神バイオエネルギーの代表を努める木村才樹氏だ。日頃私が理想として考えていたアグリビジネスの一つのモデルを実践されている方に出会い、お話を伺い、大変感動した。

転作目標をクリアするために任意団体として設立した立石生産組合は、行政からの依頼で地域全体の大豆・小麦の転作を請け負うことになったことを契機に、平成16年に(有)白神アグリサービスとして法人化した。現在の業務領域は、農作業の受託、農産物の販売、農産物の加工・販売、農業体験の受け入れ、簡易農業土木、キャンプ場の運営など多岐に渡る。拠点は、青森県鯵ヶ沢町。日本海に面した町で、気候風土は厳しく、青森県でもいわゆる僻地と言える場所である。白神山地のふもとに広がる農地では、古くから米とりんごの生産が盛んである。

この農業法人が発展したきっかけとなったのが、「風丸」と言う名の毛豆(青森県在来品種)の生産と1坪オーナー制度の開始である。消費者に産地と農業を知ってもらおうと始めたオーナー制度で、感触をつかんだのち、企業を対象に米のオーナー制度にも取り組んだ。10aあたり年間15万円で企業と契約して、とれたお米は全量企業に提供と言う方法であり、加えて契約企業の社員・家族に地域へ来てもらい農業体験を受け入れている。体験・交流事業を通して企業やその社員・家族とのネットワークが拡大し、他の産品の固定客として取引が拡大している。この組織は「みんたば」(みんなの田畑)と言い、社員のメンタルケア・人材育成・福利厚生などの課題を解決すると言う考えを持つ。

木村氏は語る。都会の方々は、日々の暮らしの中でそれぞれ心の病を抱えている。鯵ヶ沢で農業に触れることで、病を治して帰って欲しい。一方、都会の方々は、食の源であり、病を癒す効果もある農業については何も知らない。それぞの作物がどのように育つのかについても知らないし、米1俵12,000円と言う価格では農業経営は成り立たず、年収は200万円程度にしかならないことも知らない。そこで、そんな都会の方々みんなで農業をやってもらい、農産物が持つ価値や農業の厳しさ、素晴らしさを知ってもらおうと思った。

現在4社と契約しており、年数回、社員の家族を鯵ヶ沢に招いて体験・交流会を行ったり、新入社員の研修会を開催したりしている。また、その中の一つの企業とは、企業のお客さん(消費者)を対象とした、農業体験ツアーも行っている。年3~4回のツアーを実施することで、ファンが拡大し、こうした提携企業の社員に加え、様々な方から農産物の注文が入るようになった。さらに、こうしたファンの紹介により、都市部においても徐々に販路が拡大していると言う。

そんな活動を続ける中で、なぜか学生たちが白神アグリサービスにやってきたと言う。学生たちもまた、様々な悩みを抱え、農業に癒しと人生の活路を求めに来た。これらがきっかけとなり、現在日本女子大学及び東京大学の学生を対象とした、大学生版の「みんたば」事業が始まった。現在は毎週のように学生たちが夜行バスで鯵ヶ沢を訪れ、学生によっては月2回定期的に来ている学生もいる。「みんた」と言う地域通貨をつくり、1時間300円の労賃を地域通過で学生たちに払う。学生たちは地域通貨をためて、宿泊や食事などの支払いに充てるという仕組みになっている。

「学生みんたば」の活動はさらに広がり、学生たちは、米、りんごをはじめ、多様な農産物の農作業に加え、地元小学校でのレクリエーション活動やねぶた祭りに参加したり、水田周辺生物や日本ザリガニなど希少生物の調査などを行っている。また、大学祭では、自ら作った農産物や、白神アグリサービスが開発した加工品の即売会を行っていることに加え、鯵ヶ沢での活動や研究内容の発表なども行っている。こうした学生たちが、白神アグリサービスの労働力の一助となっていることに加え、白神アグリサービスの従業員へも良い刺激を与え、モチベーション向上にもつながっている。

「みんたば」に参加していた学生の1人が、青森県庁へ就職したことが、木村さんの自慢である。「みんたば」は、農家になるための研修の場ではない。全国から学生に来てもらい、ここで自然と農業と人を学んでもらい、これからの日本を引っ張る人材として社会に出て欲しいと言う木村さんの思いがある。彼らはやがて一人前の社会人となり、農業の素晴らしさを世に伝え、鯵ヶ沢と言う地域を折に触れ支援していくことだろう。

今、農業はとても厳しい環境に置かれている。兼業農家や高齢農家が段階的にフェードアウトして行くのは仕方がない。しかし、次世代を担う若者たちが夢を持って打ち込めるだけの所得が確保できない産業構造にあることも事実だ。「みんたば」の活動は、企業・学生との交流による、次世代型のアグリサービスモデルと言える。「農」を核とした交流により、都市部の企業や学生が、労働力となり顧客となり、さらには営業マンとなっている。都市部住民が、もっと農業のすばらしさと厳しさを理解し、適正価格で農産物を買い支えるような社会のシステムづくりに向けた、一つの答えであると感じた。今後の木村氏の活動、「みんたば」の活動に、大いに期待したい。