第131回 | 2013.02.12

人・農地プランを作成しよう! ~人・農地プランを契機とした地域農業の再生~

農業・農村が厳しい環境に直面している中で、農業・農村を持続・再生させていくためには人と農地の問題を一体的に解決していく必要があると言う視点から、農林水産省は平成24年度から「人・農地プラン」と言う事業をスタートさせた。このプランは、地域の高齢化や農業の担い手不足が心配される中、5年後、10年後までに、誰がどのように農地を使って農業を進めていくのかを、地域や集落の話し合いに基づきとりまとめるものである。市町村がとりまとめ役になって、農地の引き受け手である「地域の中心となる経営体」へ農地の集積を図るための将来的な農地利用の設計図を描く。

人・農地プラン策定のメリットとしては、「地域の中心となる経営体」として、45歳未満で独立・自営就農する者を対象に青年就農給付金が受けられ、認定農業者には5年間無利子でスーパーL資金が借りられる。また、農業中心となる経営体に農地を提供するものは集積協力金が受けられるなどのメリットがある。また、人・農地プランは、見直すことができる。最初から完璧な内容にする必要はなく、一旦プランを決めた後も、少しずつ修正して地域の状況に合ったものに変更できる点も特徴である。

プラン作成の手順としては、先ずは、地域の農家全世帯を対象にアンケートを行い、農地の貸借意向などを把握する。そのアンケート等を参考に、集落・地域において、営農推進員、実行組合長、農用地利用改善組合、法人、集落営農、担い手農家などが話し合いを持ちながらプランを作成することになる。平成24年度にさっそく策定に取り組んだ市町村も多く、来年度はその動きが加速するものと思われる。

人・農地プランは、平成23年12月に発表された「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」に関する取組方針」に基づいて進められている。その中で特に重要な点は、「平地で20〜30ha、中山間地域で10〜20haの規模の経営体が中心となる構造を実現するため、担い手、農地、生産対策、関連組織などに関する仕組みを見直し、一体的に改革する」とうたわれている。多くの小規模農家に支えられている都市近郊の農村では非現実的、新たなばらまき政策であるなど、この政策への非難の声も聞こえるが、私は農業・農村の構造改革を進める上で正しい政策であると考える。

私が住む神奈川県小田原市においても、今年度、人・農地プランを作成しており、流通研究所はこれを支援している。今後、私の集落である桜井地区でも策定作業にとりかかることになる。農地面積は合計で200ha程度だが、何百年も稲作を行い暮らして来た地区だ。一農家あたりの平均耕作面積は1町歩に満たないにも関わらず、田植え機・コンバインなどは全ての農家がフル装備だ。基盤整備が立ち遅れ、ほ場の規模は小さく、地権者の農地は分散している。農家の高齢化は著しく、毎年何人かの離農者が出ていて、農地の引き受け手がいなくて苦労している地区である。このような条件が不利な農村にあって、農林水産省が描く20~30ha規模の経営体を育成することがプランの目標であると行政が説明したら、地域の農家は鼻で笑うだろう。

しかし、二宮金次郎先生の生誕地である美しい農村空間を保全し、次世代に継承したいと言う思いは全ての農家が持っている。そして、このままでは、ほとんどの農地が荒れ果てていくと言う認識は共有している。ではどうしたらよいのか。国や市が何かを与えてくれる問題ではなく、地域が自主性と責任を持って考え、答えを出し、行動すべき問題である。人・農地プランの策定作業を契機に、皆で考え、その方向性を出して行くべきである。

私なりに、桜井地区における人・農地プランのあり方は考えている。先ず第一に、今後農地が売れて億万長者になることなどあり得ないことを、徹底して農家に認識させることだ。隣の開成町では大規模開発が進み、億万長者が続出している。また、かつては桜井地区においても、農地が開発にかかり巨万の富を得た農家が何人かいた。農地を持っていれば、いずれ大金持ちになるかもしれない。そんな幻想を持つ農家が未だたくさんいることが、プラン策定に向けた第一の壁である。小田原市の人口は既に減少傾向にあり、桜井地区では将来的にも開発計画などあり得ない。

第二に、桜井地区は、旧栢山村、旧曽比村の少なくとも2つの区分で計画を考える必要があることだ。桜井地区とは小学校区を意味し、戦後間もない頃に一つの村に合併した経緯があるが、地域のコミュニティは一つではない。神社はそれぞれの旧村単位で存在し、自治組織も異なる。人・農地プランを策定するためには、多分にそこに住む人々の人間関係、信頼関係が重要になる。したがって、先ずは旧村単位で意見をまとめ、これを地区プランとして統合して行くと言う手順が必要である。

第三に、いわゆる闇貸借の解消である。特に桜井地区は、利用権設定をしないで、全部作業委託というかたちで農地の賃借を行っているケースが極めて多い。農地の出し手の中には、農地の贈与を受けた場合の納税猶予の特例を受けている人も多く、これが闇貸借を助長した。しかし、平成21年の農地法改正により、相続税の納税猶予を受けた農地であっても、農業経営基盤強化促進法に基づき農地を貸し付けた場合は納税猶予が継続されることになったが、こうした制度に関する正確な知識を持つ農家は多くない。一方受け手も、所得の隠ぺいなどで追徴課税を払わされては大変なので、黙って農地を借りているが、これは明らかに脱税だ。このあたりの正確な情報を伝え、根気よく啓発し、闇貸借を解消することが重要である。

その上で、将来的に「地域の中心となる経営体」をつくることを地区ビジョンとして掲げることが重要である。基盤整備ができていない地区で、一人の農家が10町歩以上の農地を管理・耕作することは出来ないし、経営効率は甚だ悪く、稲作で食べて行けるだけの所得は期待できない。また、現在桜井地区の農地の受け手は定年帰農者が多いが、個人に集積しても中心となる経営体として機能するのは、年齢的に10年が限度である。

持続的な農業・農村の仕組みづくりのためには、農事組合法人を設立し、ここが農地の受け皿になることが望ましい。農地の出し手は集積協力金を出資金として活用して組合員となり、使える機械は提供するなど、地域全体の参加を促進する。耕作者は組合の従業員となり、新たな定年帰農者や非農家の就農希望者もここで就業させる。当初は自治組織の延長にような理念で運営し、順次、有利販売先の確保、露地野菜などとの複合経営、6次産業化などに取り組み、経営の高度化を進めて行く。これは、私が10年前に描いた「桜井ファーム」構想である。こんな将来像を見据えつつ、先ずは農地の受け手となる中核的人材の掘り起こしと、地域での人材の認知を進める必要があろう。

毎年地域農業の守り手だった先輩方が亡くなり、耕作放棄地は拡大して行く。もう待ったなしの状況であることは、地区の多くの人々が分かっている。人・農地プランを契機に、今いる農家達が、本気で新たな仕組みづくりを進めなければ、ご先祖様に、金次郎先生に申し開きが出来ない。