第276回 | 2016.03.14

人・農地プランを活かせ!
 ~ 福島県天栄村の事例より ~

本年度は、福島県天栄村の「人・農地プラン」の作成をお手伝いさせて頂いた。「人・農地プラン」とは、地域農家の高齢化や減少が進む中で、誰が農地の受け手・守り手になるのか、個人名まで明らかにすることを最大の目的としており、国が定めた策定様式に従い、全国の市町村で策定されるものである。地区別にプランをつくる市町村が多い中で、天栄村では村を一つのエリアと捉えてプランを作成した。

天栄村は、新幹線の新白河駅から車で約40分の中山間地域に位置し、人口は6,291人、1,669世帯で、その37.9%にあたる632世帯が農業を営んでいる。水田面積は1,040ha、畑地面積は194haであり、昔からの米どころとして、村民の多くが米で生計を立ててきた地域である。それゆえ、特別栽培米である「天栄米」のブランド化を進めるなど、うまい米づくりは地域一丸となって取り組んでおり、米に対する地域農家のこだわりと自負は大変なものである。

この度完成した「天栄村人・農地プラン」における、農地の受け手と位置付ける中核的経営体のリストには、村の全ての農業経営体の23.7%に当たる計150の経営体の名前が記載された。全国的に二桁の割合に届かない市町村が多い中で、極めて高い数値として評価できる。中核的経営体の内訳は認定農業者148名(新規就農者1名含む)、規模拡大希望農家2名で、認定農業者の全てが中核的農家として位置付けられた点が特徴である。また、中核的経営体の経営内容を見ると、そのほとんどが「米+野菜」または「米専作」であることが特徴としてあげられる。

長年米価の低迷が続く中で、これだけ多くの担い手が存在する理由は何であろうか。その最大の理由は、村と農家が一体となって、地域農業を維持・発展させてきたことにある。特に、村が集落ごとに、丁寧に熱心な説得を粘り強く続けることで、「ならし対策」を徹底して進め、生産者所得の維持に努めてきたことに加え、この制度の対象となる認定農業者を増やしてきたことが最大の勝因と言えよう。ちなみに「ならし対策」とは、米価が下落した際に収入を補てんする保険的な制度であり、平成27年度からはその対象は、認定農業者、認定新規就農者、集落営農組織に限定されている。こうした努力の積み重ねがあってはじめて、「認定農業者=中核的経営体」という明確な図式が成立した訳である。

また、担い手への農地集積を進める手法として、農地中間管理機構の仕組みをフルに活用している点も天栄村の大きな特徴である。農地中間管理機構を利用すれば、農地の出し手にも受け手にも助成が受けられるメリットがあるが、周知のとおり全国的に利用率は低く、利用目標を達成している地域は非常に少ない。天栄村の場合、天栄村農業委員会が強力に斡旋・調整することで、原則として農地の出し手も受け手も全て、農地中間管理機構を利用するルールになっている。

まさに、農林水産省が打ち出す施策を、素直に、実直にやってきて、成果をあげている優等生であると言えよう。これを成しえたのは、米づくりへの農家の執着に加え、農家の村への信頼感によるところが大きい。村は、国の政策や事業を有効活用し、確実に地域農家の所得をあげてきた。村の言うとおりにやれば間違いないと、農家に言わしめるほど、その信頼感は不動のものになっている。

基幹品目である米は、農地集積を促進し、担い手農家の規模拡大を進めることに加え、飼料米、業務用米、備蓄米などの生産により経営の安定を図る。また、慣行栽培から段階的に特別栽培へシフトし付加価値化をめざす一方、自動灌水またはプール育苗、側条施肥、機械の共同利用などにより省力化・低コスト化を実現する方針である。

しかし、米だけでは今後安定した所得を維持し続けていくことは難しい。そこで村は、認定農業者を中心に、「米+α」の経営体への段階的移行を進めている。露地野菜は、きゅうり・なす・ねぎ・アスパラガス・にら・ヤーコン・にんにく、施設野菜はトマト・きゅうり・ほうれんそう・にらを推進品目と位置づけ、年間の作業効率に配慮しながら新規作目の導入を進め、複合経営により安定所得の確保をめざす方針である。そのためには、野菜栽培のための機械・施設の購入が必要となるが、最も有効な補助事業である経営体育成事業を活用するためには、その農家が「人・農地プラン」で中核的経営体に位置付けることが条件になる。こうした背景を踏まえ、天栄村は、戦略的に、全ての認定農業者を中核的経営体とした訳である。

今後の取組課題としては、集落営農の強化と農家・農家組織の法人化があげられよう。天栄村では現在、機械の共同利用やライスセンターの共同運営などの取組は見られるが、個々の農家がこだわりを持って米づくりに取り組んで来ただけに、共同で農業に取り組んでいこうという姿勢が総じて希薄である。農作業の効率化、低コストを実現するためには集落営農活動の高度化が求められるし、複合経営が発展して規模が拡大すれば法人化も検討対象となろう。加えて、新規就農者の受入先としても集落営農組織や農業生産法人の存在が必要になる。

農業に課題がない地域など存在しない。天栄村も、過疎化・高齢化に歯止めはかからない中で、課題は山積している。しかし、天栄村は今後も、村と農家が一体となって、時代の変化に挑戦し続けることで、新たな展望を見出していくことと思う。そして、この度作成した「人・農地プラン」は、将来の道筋を描くための指針になるであろう。

全国に、「人・農地プラン」の作成や見直し作業に頭を抱えている行政担当職員が多いのではないかと思う。作業量は膨大な上、プラン作成の重要性は高い。そんな職員の皆さんに、天栄村への視察をお薦めしたい。天栄村のような出来過ぎの事例は、参考にならないと考える方が多いかもしれない。しかし、天栄村の農業振興に対する取組方針、地域農家と真っ直ぐ向き合う姿勢、国の事業を有効活用ながら着実に成果をあげる手法、そのアウトプットとしての「人・農地プラン」の内容などは、農政を担当する全国の職員が実直に学ぶべきものであると確信している。