第293回 | 2016.08.31

マーケット・イン型の農業への転換
~野菜の加工・業務用取引からの考察〜

農業で、「マーケット・イン」という言葉が使われるようになって久しい。出来たものを売り込むのが「プロダクト・アウト」であり、売れるものをつくるのが「マーケット・イン」である。従来のプロダクト・アウト型農業から、マーケット・イン型への農業へと転換することが、全国の産地にとって共通の取組課題であると言える。

マーケット・イン型の農業が最も求められる営農形態が、加工・業務用取引である。加工・業務用の顧客は、加工メーカーや飲食店・中食店チェーンなどであり、定質・定量・定価格・定時を基本とした取引が求められる。日本人の食生活の変化から、主要野菜の加工・業務用需要は55%に達しており、一般的な小売需要を上回っていることから、産地としても加工・業務用のマーケットに注目せざるをえない時代になってきた。

野菜の加工・業務用取引については、既に研究され尽くしており、農畜産業振興機構をはじめ、様々な研究機関から詳細なレポートが出されている。また、流通研究所でも、これまでいくつかの調査・研究事業を官公庁から受託していることから、ノウハウは十分蓄積されている。したがって、このコラムでその内容を細かく解説する必要はないが、ここではあえて、私がマーケット・インの視点から着目している、加工・業務用取引を推進する上でのポイントを整理しておく。

一点目は、加工・業務用取引が出来るのは、JAグループ、大規模生産法人、法人格を持った生産組合などに限定され、一般の個人農家は対象外になることだ。加工・業務用取引では、ロットと安定供給が求められる。求められるロットを、余裕を持って生産・供給できない産地は、加工・業務の実需者には相手にされない。その他にも、加工・業務用取引を進める上では様々なハードルがあり、相応規模の組合員組織や事業体しか主役になりえない点に留意してく必要がある。

二点目は、加工・業務用の取引価格は、極端に低いことである。加工・業務用の取引価格は、市販用価格の概ね6掛けであり、市況が下落すると取引価格もそれに比例して下がる反面、市況が高騰しても取引価格はそれほど上がらない。目の前の価格だけを考えると、加工・業務用取引には全くメリットがないと思われることも多い。しかし、農家の粗収入は、販売価格×販売数量で計算される。6掛けの価格であっても2倍の数量を安定的に販売出来れば、市販用より粗収入はあがることになる。

三点目は、対象となる農産物には適切な品質と規格が求められることである。加工・業務用の農産物は、はねもの・規格外品でよいと勘違いをする人が多い。例えばジュース用のにんじんは、色味と味覚が非常に重視されるし、内部障害が少しでもあるキャベツは取引してもらえない。市場流通のように、見た目や大きさなどで細分化された規格はないが、むしろ加工・業務用の方が、総じて取引基準は厳しいと言える。近年、開発が進んでいる加工・業務用の専用品種の導入と合わせ、栽培技術の向上に力を入れていく必要がある。

四点目は、コストの大幅な縮減が取引継続のための絶対条件になることだ。取引価格が低いのなら、コストを縮減して利益を確保するしかない。そのためには、一貫した機械化と大規模化により、単位あたりの生産コストを下げることに加え、出荷・調整作業の省力化と出荷資材の簡素化などにより販売コストも下げる必要がある。一方、機械化を進めるためには設備投資が必要であり、その資金を借入金で賄う場合は、返済の原資となるキャッシュ・フロー(税引き後利益+減価償却費)を確保しうる見込みが必要である。

五点目は、産地側で集出荷施設と冷蔵保管施設を整備するなど、出荷・調整機能を持つ必要があることだ。市販用の場合、収穫した農産物は予冷した後、すぐに市場などへ出荷すればよい。しかし、加工・業務用取引の場合、基本的に在庫管理は産地側が担う必要がある。こうした施設を整備するためには莫大な資金がかかりることから、個人の農家で対応することは困難である。加工・業務用野菜生産基盤強化事業などの国の事業を活用し、産地づくりを前提とした基盤整備を進める必要がある。

六点目は、産地が商社機能を持つ必要があることだ。近年の加工・業務用取引では、需給調整や代金決済などを円滑に進めるため、産地が加工メーカーや飲食店チェーンなどの実需者と直接取引するケースは少なく、ほとんどは、市場の仲卸などの中間事業者を介した取引形態を選択している。しかし、市場流通のように、卸売業者に卸した後は全てお任せという訳にはいかない。より有利な取引を求め、多様な情報を集めながら、実需者などへの営業活動に注力していく必要がある。

七点目は、リスクのための対策を事前に打つ必要があることだ。農産物、特に野菜は、気象条件をはじめ外部要因に大きく影響を受けることから、工業製品のように、厳格な計画生産・計画出荷が出来るわけではない。しかし、契約的な取引形態となる加工・業務用取引では、工業製品並みの「計画」が産地に求められる。それでも計画どおりに作れず、契約違反などのリスクを負うことも多い。こうしたリスクを回避するためには、契約数量の1.2~1.3倍の生産量を作付けることに加え、産地作柄安定対策事業などの保険制度を活用する必要がある。

このように、加工・業務用取引は、顧客が求める農産物を生産・供給するというマーケット・イン型農業そのものであると共に、これまでの農業と180度転換した発想が求められる。したがって、マーケット・イン型の農業を進めるためには、先ず、生産者の意識改革が大前提となるが、これはかなり高いハードルと言えよう。生産者の意識改革のためには、視察研修会やシンポジウムの開催なども多少効果があるが、それだけでは不十分である。

加工・業務用取引をはじめとしたマーケット・イン型農業への転換を図るためには、行政とJAが連携し、強引に生産者を引っ張っていく姿勢が重要であろう。行政の厚い支援のもとJAが自ら先行投資を行った上で、「責任はとるから付いて来い」と言い切るような推進体制が必要不可欠である。消費構造や流通構造の変化を受けて、時代は農業にマーケット・イン型産業への転換を求めていることは間違いない。それを実現するための道筋は厳しいが、それが時代の要請である限り、挑戦することが産地としての使命でもあると考える。